3月13日・14日に行われた「2015年日本語教育シンポジウム」(モンゴル日本語教師会主催)は、モンゴルにおける日本語教育の新たな1ページを刻むシンポジウムとなりました。テーマは「スタンダード教科書の開発と教師の役割」、ワークショップに加え、報告発表、実践報告などがありました。そして、今回のハイライトは何といっても『にほんご できるモン』の登場でした。
そこで、モンゴルにおける初中等機関用の教科書として『にほんご できるモン』を作ることになった経緯、教科書の内容、作成者の声などをご紹介し、<現地で学ぶ学習者のために、現地で教える先生方が作った>教科書の意義について考えていくこととします。
■「モンゴル外国語教育スタンダード」から始まった教材開発の道
1990年に民主化が実現したモンゴルでは、教育の充実をめざしてさまざまな取り組みが始まりました。その一つが文部・科学省の「モンゴル外国語教育スタンダード」の発表でした。これを受け、モンゴル日本語教師会では、「日本語教育がその先鞭をつけよう」と、2007年より「日本語教育シンポジウム」をスタートさせ、さらに日本語教育研究会を設立し、<ともに学ぶ>ことを大切にしてきました。実際の動きは、以下のようになっています。
2005年 「モンゴル外国語教育スタンダード」発表
2007年~ 「日本語教育シンポジウム」開催
2007年 モンゴル日本語教師会の元で
日本語教育研究会設立→CEFR、Can Do勉強
2009年 日本語教育研究会WG活動―
CEFRと未公開JFスタンダードを元に
「初・中得教育のためのモンゴル日本語教育スタンダード(案)」作成
2010年 「JF日本語教育スタンダード」発表
2011年~ 日本語教育シンポジウムで日本語教育スタンダード講演・ワークショップ実施
2012年~ 「モンゴル日本語教育スタンダード作成プロジェクト」活動
(2015年度シンポジウム オユンゲレル氏のレジュメより)
■教科書のコンセプトなど
「モンゴル日本語教育スタンダード」では、日本語教育の目的を以下のように定めています。
1. 社会の中で自分の考えを自由に表現し、相互理解するのに必要な外国語能力を育成します。
2. 子供たちが自分自身の力で学習を進めていく能力を育成します。
教科書は3つのレベルからなり、以下のようにレベルごとに学習場面の状況設定が決められています。
レベル1:モンゴルの学校が主な舞台です。
日本の先生がモンゴルの学校を訪問しています。
レベル2:モンゴルの学校が主な舞台です。
日本の子供たちがモンゴルの学校を訪問しています。
レベル3:日本の学校が主な舞台です。
モンゴルの子供たちが訪問しています。そして、子供同士は仲良
く、普通体を使って子供らしい言葉で話します。
また、教科書は「トピック・シラバス」で出来ており、以下のようにスパイラルを意識して作られています。
詳しくは、『にほんご できるモン』のXVI~XXIIにある「先生方へ ~教科書の目的・構成・特徴と授業手順~」をご覧くださ
い。
■『にほんご できるモン』開発の3つの特徴
私は、2013年のシンポジウムで教科書の作成を知り、作成中のプリントを拝見したり、実践報告を伺ったり、また、授業を見学したりしてきました。この教科書開発の特徴を3つにまとめてみました。
1)多様な方々の協働による開発であること
初中等機関のための教材開発でしたが、大学の先生方も一緒になって、また異なる教育機関に勤める方々が一緒になって作り続けました。みんなが「モンゴルの日本語教育を良くしよう!」という情熱に燃えていた点、すばらしいと思いました。メンバーはすべてモンゴル日本語教師会に属しており、月に2回勉強会をし、さらに月一回の定例会では作成メンバーでない人への発信を心掛けたそうです。
2)「どんな教育が求められているのか」を十分に話し合った上での教材開発であること
上述したように、まずは「モンゴル外国語教育スタンダード」について話し合い、さらには、世界の日本語教育の新しい動きを知った上で、教材開発に入ったことも大きな特徴として挙げられます。ただ「現地に合った教科書を作ろう」という思いだけではなく、「なぜ必要なのか」から対話していったことは、大切なポイントだったと思います。
3)教科書として誕生する前から、どんどん教育実践を発信していたこと
2013年のシンポジウムで、既に4つの「スタンダード教育の実践報告」が行われています。新しいことに挑戦する悩み・課題も周りの人と共有しながら、進んでいこうという姿勢には感動しました。「良い所を見せたい」「完成したものを見せたい」という思いを捨てることは、とても大切なのですが、なかなか実行できません。それを見事にモンゴル日本語教師会の方々はやってのけたのです。「シンポジウム参加者に少しでも分かりやすいように」とほとんど全ての実践報告で授業ビデオが提示されていたのが、印象に残りました。
■A先生の声~「スタンダード教育」に出会えて幸せ!~
今後、著者による研究発表や実践報告が外に向けて発信されていくことと思います。私は、ここで、3回のシンポジウムでお付き合いさせて頂いた先生方の「生の声」をご紹介したいと思います。
今年は、A先生の授業を見せていただきました(5年生)。彼女は懇親会で次のように語ってくださいました。
「私は、大学を出てすぐ日本語教師になりました。いつもこれでいいのかな?と、日本に行ったこともないので、不安な面もありました。10年経ったとき、自信もなくなり、教師をやめようかと思い、両親に相談しました。そしたら、『私達は30年も先生をやってきたのに、あなたは10年でやめるの?もっとやってから考えたほうがいい。それからもっと生徒のことをしっかり見てごらん』と言われました。そんな時ちょうど『スタンダード教育』に出会ったんです。私は本当に運が良かったです。それで、いろいろな事が変わりました。今は、授業が楽しくて、楽しくて。生徒の日本語力も上がったし、授業が楽しいと言ってくれます」
こう語るA先生の目はキラキラ輝いていました。以前は一方的な教え込む授業、教師主導の授業でしたが、今は違います。スタンダード教育実践、さまざまな先生方との「対話」がA先生を変容させていったのです。そして、さらにこんなことを付け加えてくださいました。
「先生、授業見学の時、一番廊下側にいた生徒、あれは私の息子です。息子は、いつも私に言うんです。『ママ、僕、日本に行ってみたい。日本の小学校ってどんな所か知りたい。日本の小学生と話してみたい』と。息子は日本語が大好きです」
■B先生の声~新しい漢字学習法を見つけた!~
『にほんご できるモン』で漢字を担当したB先生は、自分の漢字指導について次のように振り返っていらっしゃいました。
「以前は『書いて、書いて。手が覚えるんだから』なんていうやり方をしていました。これじゃあ駄目だということが、スタンダード教育の教科書を作っている中で分かってきました。私自身が大きく変わりましたねえ。生徒が自ら学ぶこと、生徒の発想を大切にするようになりました。生徒に寄りそうのが教師の役目ですよね。今、みんな楽しそうに漢字を勉強しています。『例解小学漢字辞典』をクラスの人数分用意してあるんですけど、それを使って「見つけた漢字が教材と同じかどうか確認したり・・・積極的に勉強するようになりました」
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遠く離れたモンゴルで、こんなすてきな試みが行われ、成果物が生まれ、さらに作り続けられているのです。「すごいですね!」という私の感嘆の言葉に、複数の先生からこんな答えが返ってきました。
「先生、モンゴルは300万人しかいませんよね。しかもその半分がウランバートルに住んでいます。だから、何かするにはとても便利なのかもしれません。ぱっと集まれますし・・・」
いろいろ大変なことがあると思います。それをどこまでも明るく、前向きに新しいことに取り組むモンゴルの方々がますます好きになりました。日本における日本語教育も「大変だから」「新しいことに挑戦するなんて」などと変化を恐れるのではなく、常に成長を目指してやっていくことが大切なのではないでしょうか。
※『にほんご できるモン』に関する問い合わせ先は以下のとおりです。
「モンゴル日本語教育研究会」アドレス mnk_k83@yahoo.com
「研究会モンゴル」FB https://www.facebook.com/profile.php?id=100005057955340&fref=ts
参考:これまでのモンゴル日本語教育に関する記事:
「モンゴルの日本語教育は熱い!」(2013.5. 26)http://www.acras.jp/?p=1458
「モンゴル日本語教師会、外務大臣賞受賞!(2013.11.11.)http://www.acras.jp/?p=2098
「日本式の教育をめざす「新モンゴル高校」を訪ねて~人づくりは、国づくりから~」
(2014.3.26)http://www.acras.jp/?p=2545
むかし、23中学校で教えていました。もうすっかり洗練されてしまっていて、この写真には以前の面影はありませんが、今でも日本語を勉強してくれているようで、嬉しいです。
村上さん、第23番学校にいらしたのですね。本当に熱心に外国語教育に取り組んでいる学校です。入口にもいろいろな言語が表示されていました。ぜひ一度いらしてください。ここの先生方も『にほんご できるモン』を一緒に作られました。