8月下旬、調査のためシドニーに滞在しました。そこで出会った日本語教育関係者、そして大勢の学習者との語らいは、私にとって学ぶことの多いものでした。日本語学習者数が世界4位というオーストラリアの日本語学習熱、教育の質の高さはよく知られています。これだけの日本語学習者の層の厚さ、関心の深さは一朝一夕にできるものではありません。これが持続できるような環境作り、日本との連携が重要だと改めて思いました。
■日本の若者にもっと知ってほしい「多文化多言語社会に生きる若者達の姿」
出会った日本語学習者の言葉をご紹介したいと思います。彼らの言葉から、しなやかなオーストラリア社会の姿を垣間見ることができました。
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「オーストラリアは移民の国です。だから、私達の国はいろんな食べ物や料理があって、いつでも食べられます。それに、いろいろな文化を楽しむことができます。日本語を勉強するようになったのも、中学のとき選択科目にあったからです。ヨーロッパの言葉より、日本語を勉強したかったんです」
「日本語を始めたのは友達の影響です。日本人の友達がしゃべっていることを分かりたい、って思いました。そのあとワーキングホリデーで東京へ行ったし、能力試験も受けました。ずっと日本語の勉強は続けますよ。今は、中国語と韓国語も勉強しています。アジアの言葉・文化って楽しいですね!」
「私達の社会って、多文化ですから、友達もいろいろな国から来た人がいます。中国、日本、韓国・・・・・・。今、グループで会うと日本語で話をしているんです。私はもっと日本語が上手になりたいし、他の友達もそうなんです」
「忘れられない先生は、日本語の先生です。アニメが大好きで、何となく始めた日本語でした。でも、始めたら本当に日本語の勉強が楽しくて・・・。先生が本当に熱心でした。いろいろ工夫して、楽しい授業でした。それに日本の文化とか、日本の食べ物・料理が本当に珍しくて・・・。私が一番好きなのは、和食です」
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日本の若者のオーストラリア留学や旅行は依然人気が高く、おおぜいの若者がオーストラリアを訪れています。しかし、はたしてどれだけの若者が対話を経験したり、肌の触れ合いを体験したりしているでしょうか。異なる文化・価値観に出会うことの大切さ、そこからどれだけ大きく成長できるかということを、ぜひオーストラリア社会の中で感じ取ってほしいものです。
■日本語学習者の量と質を考える~学習者数の人口比と学習の継続性~
オーストラリアの日本語学習者数は、以下のようになっています。
<2006年> <2009年> <2012年>
366,165 → 275,710 → 296,672
約30万人の学習者数ですが、これを人口約2200万人(2011年=2232万人)で割ると総人口の1.4%となります。中国の日本語学習者数は100万人で世界1位ですが、13億であることを考えると、約0.08%。オーストラリアにおける日本語学習の広がりがこの数値からも見えてきます(ただし、この調査はその国・地域でどれだけ綿密に数を拾い上げたかによっても大きく違ってくるものであり、調査結果に振り回されるのは問題ですが・・・)。
※参考 2011年度版「世界の人口推計」をもとに人口1万人当たりの日本語学習者数を産出すると、次のようになります。
第1位 韓国 174.4人 第2位 オーストラリア 133.2人
第3位 台湾 101.1人 (第7位 中国 7.8人)
また、総数を増やしていくことに躍起になるのではなく、むしろ既に関心を持っている人達がいかに「学びを持続していく環境を作るか」「生涯学習としての日本語の学びをどう可能にしていくか」といったことにも目を向けることが大切です。そのためには、今後いろいろな工夫が求められてくるのだと思います。
■日本への提言:日本語の普及促進のためにすべきこと
今、日本では外務省による「海外における日本語の普及促進に関する有識者懇談会」が行われており、7月には中間報告が出されました(http://www.acras.jp/?p=1775)。
そこで、オーストラリアの先生方から伺ったご意見をご紹介したいと思います。
1)『世界の日本語教育』の復活
今、日本語教育からの発信が求められています。どんなに良いこと、素晴らしいことをやっていても、発信しなければ多くの人々に伝わっていきません。オーストラリアで日本語教育に携わるようになって20年という「トムソン木下千尋先生(ニューサウスウェルズ大学教授)」は、次のように語ってくださいました。
「もっと世界の各地で行われている日本語教育の実態を知ってもらえるように努力することが大切です。その一つの方法として国際交流基金がやっていた『世界の日本語教育』を復活させるべきだと思います。今は休刊になっていますが、こうした雑誌があれば、さまざまな日本語教育を世界各地でやっていることが、よりよく理解されると思います(『世界の日本語教育』は、2009年に19号をもって休刊)。」
この雑誌は、教育研究と学術研究をうまくバランスを取りながら、海外で日本語を教えている先生方や研究者からの投稿を積極的に促進してきました。雑誌の発行にあたってはさまざまな先生方のご協力がありましたが、予算上などの理由で刊扱いになってしまっています。日本語教育からの発信が大切な今、ぜひとも『世界の日本語教育』が再出発することを願ってやみません。
2)小学校・中等校の校長を日本に招待すること
日本語普及のためには、日本・日本語の魅力を少しでも多くの人に理解してもらうことが大切です。その一つの方法として、外国語科目の選択権を握る人達に「日本に来て、自分の目で見て、感じてもらう」ということが考えられます。それを日本はいったいどれだけ行っているのでしょうか。再び、トムソン先生のご意見をご紹介したいと思います。
「オーストラリアの日本語教育においては、初等・中等教育が96%を占めています。だとしたら、日本語・日本語教育の促進を図るために、初等・中等教育での日本語科目について選択権を持つ校長先生をもっと日本に招待して、自分自身の目で日本・日本社会を見て、聞いて、感じてもらう機会をどんどん作るべきですよ。それは将来大きな日本の財産になるんですから。」
外務省の有識者懇談会の中間報告でもそのことを盛り込んでいますが、できるだけ早く実現に向けた努力をしてほしいものです。人と人との交流、教育というものは、短期間に促成栽培できるものではありません。孔子学院の進出、数の増加スピードに脅威を持ち始めた日本ですが、日本語普及のために早急にやるべきことは山積しています。一刻も早くオールジャパンで取り組むことが求められていますが、ぜひぜひさまざまな国・地域の多様な現場の声を吸い上げながら進めていってほしいものです。