イーストウエスト日本語学校では、近所にある「子ども食堂」に毎回ボランティアとして留学生が参加しています。それは、食堂を主宰する「一般社団法人ねこのて」理事長の戸田由美子さんが、学校を訪ねてくださったことから始まりました。学生達はみんな張り切って、盛り付け、配膳、お皿洗い……と、そのつど様子を見なが
らお手伝いをしています。私も12月に一緒に「子ども食堂」に参加し、いろいろな方とお話をする機会を得ました。この「子ども食堂」ボランティア活動については、機会を改めて記事にしたいと考えています。今回は、「わかば荘」にお邪魔してお話を伺ったことをベースに、戸田さんの活動について紹介したいと思います。
戸田さんがなさっていることは、まさに「多文化共生社会づくり」のための活動です。今回の対話タイムでは、日本社会に暮らすさまざまな人々が「ありのままの自分で、いきいきと暮らせる社会」をつくること、そのために地域住民とともに歩むことの大切さについて改めて考えさせられました。
■「ねこのて」とは何か?
「ねこのて」は、中野区中央にある一般社団法人です。サイトには次のように記されています。https://ne-ko-no-te.jp/
平成22年(2010年)4月に設立いたしました。
この法人設立の目的は、「住居や仕事のいずれか一方又は両方が不安定であったり失った人たちに住居の提供や就労の支援を行い自立を促すとともに、地域で孤立しがちな高齢者や障害者等の居場所を作り安定した地域生活の継続を支援し、もって社会的に支援を必要とする人々の福祉を増進すること」と、定款にうたっております。
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同じ地域社会の中で、お互いに助け合い、学び合い、お互いを尊重しながら楽しく生活できる場づくりを考えて理事長の戸田さんが設立されたのです。「ねこのて」では、いろいろな活動をしてきましたが、2010年には「わかば荘」という無料低額宿泊所(以下、宿泊所とします)を始めました。
■なぜ「ねこのて」を作ったのか?
銀行、事務所勤め等をしていた戸田さんでしたが、ある時、「経理のような仕事ではなく、もっと人と関わる仕事をしたい」と、一念発起、放送大学で心理学を専攻し、さらに、社会福祉士の資格を取得するために大学に入り直しました。念願かなって資格を手にした後は、宿泊所(社会福祉住居施設)の相談員を務めたり、路上生活者・生活困窮者支援に関わったりするようになりました。
そうした中で、戸田さんは「自分の団体を持って福祉の仕事をしたい」「いつの日にか宿泊所を自分で運営したい」と思うようになっていきました。ちょうど時代も後押ししてくれ、2000年4月には新しい「成年後見制度」が始まり、社会福祉士が個人で「福祉サービス利用援助事業」ができるようになりました。そこで、「社会福祉士事務所ねこのて」をスタートさせ、成年後見の仕事を受け始めました。なんと第一号だったそうです。
こうして、「ねこのて」設立から10年後の2010年に、「自立支援ホームを作る」という戸田さんの夢が、中野の地で実現することになります。さらには、地域住民とのさまざまな活動をしながら、2016年には「子ども食堂」をスタートするに至ったのです。戸田さんはその時の気持ちを次のように語ってくださいました。
「自立支援ホームわかば荘」は、いろいろな事情で家を失った人たちが、生活保護を
受けながら、自立をめざしている所で、自立のお手伝いをしています。ここでは特に、
「食べること」を大切にしています。その延長線上に、一人親家庭やかぎっ子の孤食
のこと、地域とのつながりなどを考え、「こども食堂」を始めることにしました。
■「自立支援ホーム:わかば荘」は、どんな所か?
わかば荘は、新宿中央公園での戸田さんの路上生活者支援・調査の経験を生かし、鍵のかかる個室で、24時間体制で宿泊もしながらスタートしました。戸田さんは70歳を超えた今も、毎日入居者と語り合い、自立のためのお手伝いに奔走しています。
ホームは、緊急時の避難所というのではなく、あくまで将来の自立を目指したものであることから、利用期間は6ヵ月となっています。そのため、支援計画を作成し、福祉事務所のケースワーカーとの話し合いも必要に応じて行っています。自立には、回りの人々のサポート、そして多方面での連携が求められます。さらには、回りの人々の意識が大切なのだと、戸田さんは語ってくださいました。
一人ひとりを尊重する気持ちが大切です。みんなそれぞれ違いますから、関わり方もです。その人のニーズに合わせて、状況に合わせていくことが大切ですね。
私は、「食事は人をつなぐ」とよく言っているんですが、食べることはとっても大切です。できるだけ職員も一緒に食べるようにしています。
■「自立支援ホーム:わかば荘」のチラシより
お邪魔した際に、「わかば荘」のチラシをいただきました。そこから少し引用したいと思います。
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<わかば荘は、皆様の自立のお手伝いをする福祉施設です>
●少人数のアットホームなところです。
各自にはエアコンがついた個室が用意されていて、管理人も24時間常駐しています。
●朝食&専属の調理員が作った夕食を、食堂で提供しています。
●勤労に欠かせない住民票が設定できます。
ハローワーク、ジョブステーション等と連携し、就労支援を行います。
●高齢・障害などの様々な分野の社会福祉士が関わり、相談に応じ必要な施策に
繋げます。(愛の手帳、自立支援医療、年金手続き等)
●医療機関は施設の近くにあります。
心理職による、心理相談、心理テストを実施し、自立に向けた支援をいたします。
●地域での安定した生活をめざし生活支援(服薬管理、掃除、洗濯等)を行います。
退所後も「居場所」として利用できます。
■今後、どのように「わかば荘」を展開していくのか?
インタビューの最後に、「これからしたいこと」についてお尋ねしたところ、「これまであまりにも忙しく過ごしてきたので、自分がやりたかった文化的なこと、いろいろありますねえ」としながらも、この仕事をどのように展開していくかについての抱負、そして不安も語ってくださいました。ここでは、『ソーシャルワーク研究』45号(2019.10,相川書房)に掲載された記事を引用します。
(ソーシャルワーク最前線
「住まいを失くし生活困難な状況にある人に住まいの場を取り戻す
~「ねこのて自立支援ホームわかば荘」理事長戸田由美子さんに聞く~」
聞き手:久保美紀 pp.81-82
Q:今後の展望について教えてください。
これまで、あれこれ考えないで始めてしまうところがあって、やりながら、走りながら考えようとしてきたといころがあります。建物を借りている状態なので、この先どうなるか心配ですし、「あなたが倒れたら、借金だけ残ってどうするの」と周りに心配されています。経済的側面と人材確保はどうあっても大きな課題です。これからは、常勤のスタッフとして、若い人が継続していけるように、職業としてやっていけるようにしなければならないと思います。スタッフが高齢化しているので、ある程度、目的を共有してくれて、引き継いでくれる人を確保していかなければなりません。NPOはだいたい一代で消えると言われ、一代限りでいいと思ったりもしますが、利用者だけでなく、スタッフの生活があるので、立ち上げた責任をどのように果たしていくか、大きな課題です。
生活困窮者等の自立を促進するための生活困窮者自立支援法等の一部を改正する法律(2018年)により、社会福祉住居施設の最低基準を設けるとともに、単独での居住が困難な生活保護受給者の日常生活上の支援を一定の質が保障されている無料低額宿泊所等(日常生活支援住居)に委託できる仕組みを創設することになっています(2020年4月施行)。それを受けて、厚生労働省は、2018年より「社会福祉住居施設及び生活保護受給者の日常生活支援のあり方に関する検討会」を開催しています。この検討の中で、単に宿屋でなく自立支援をしているところが、一代限りでなく継続できるだけの運営費を考えてもらえると良いと思います。……後略
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多文化共生社会とは、いったい何でしょうか。世の中では、よく「日本人と外国人」という対比で考えられますが、多文化とはさまざまな価値・文化を持つ人々であり、それは日本人同士にも同じことが言えるのです。私達日本人は、もっとさまざまな面で「違い」を認め、ともに活動することの大切さを自覚すべきではないでしょうか。違いに目を背けるのではなく、自分の物差しだけを正しいとするのではなく、「違い」を認め合い、それをエネルギーにしていくことこそが、今の日本社会に求められているのだと改めて思いました。