12月アクラス研修の報告レポートです。今回は、今、日本語教育の世界で再度話題になっているCEFRを取り上げました。
著者との対話『日本語教師のためのCEFR』、著者は奥村三菜子さん、レポーターは、三堀千絵美さんが務めてくださいました。
資料
①当日使用したパワーポイント
②Can-do チェック
③CEFR理解度チェック
参考資料:日本語教育振興協会 日本語学校教育研究大会
分科会「今、話題のCEFR、A2って何?」会場からの質問への回答
https://www.nisshinkyo.org/news/convention.html
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2019年12月15日(日)
奥村三菜子先生 NPO法人 YYJ・ゆるくてやさしい日本語のなかまたち
著者との対話『日本語教師のためのCEFR』
報告者:三堀千絵美(翰林日本語学院 非常勤講師)
→「日本語教師のためのCEFR」 研修報告レポート (2019.12.15実施)
研修会開始前から、奥村先生は気さくにお話してくださり、参加者同士も話をするなど、和やかな雰囲気でした。はじめに嶋田先生から「2004年にCEFRの日本語訳が出て、Can Doのみが取り上げられました。そして、現在はまた違う形でCEFRが注目されてきています。間違った理解をされていることもあるので、今一度正しく理解する機会をと思い、奥村先生に研修していただくことになりました。」とお話がありました。その後、参加者全員「CEFRを正しく理解したい・学び直したい」「複言語を受け入れるとは、どういうことなのか知りたい」など学びたいことを共有し、研修会がスタートしました。
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○イントロダクション
先生曰く、CEFRとの出会いは『偶然』。1999年にドイツに行かれた後、2001年にCEFRが公開されることとなり、職場で資料を目にすることも多かったそうです。当初はCEFRについて誤解していた部分もあったとのこと。また、「日本国内では何年も変わらない施策や政策などはなく、結果が見えないまま改定されるものも多い。それに対して、CEFRは約20年一貫した教育理念。この点から考えても学ぶことはあるはず。2001年の公開から現在まで、CEFRと向き合い・伴走してきた一日本語教師としてお話していきます」、と講義がスタートしました。
CEFRとは
CEFRは、共通言語を持つために生まれたものである。CEFRについては、「Can Do」や「行動中心アプローチ」「複言語・複文化主義」などの言葉を知っているだけで、実際は理解していないことが多い。理解が不十分なままでは、建設的な議論ができない。議論をする以前に、各自の認識を一定にすることで、話し合いをスムーズに進めることができるようになる。そのためにも、正しく理解することが大切である。
CEFRの2大目的は、「教育全般に関して、内省を促すこと」と「教育実践に関して、お互いに伝えやすくすること」。対象となるのは、言語教育に関わる全ての人(教師、学習者、行政機関など)。これらの人々の考えが一致することで、一貫性が生まれ、最終的に、学習者に利益をもたらすことになる。
CEFRの意図は、言語観や言語学習観・教育観を共有し、改善していく際の共通言語をつくること。日本語教育の現場を例にすると、「学習観や教育観の差が原因で、学生・教師・職員の対話が妨げられているのを打開する」ことである。
言語教育に関わる全ての者が、内省し、それらを共有することがCEFRである。その際には、国や言語や立場を越えて行うことが大切。先生ご自身も、CEFRにより様々な言語の先生方とカリキュラムや試験の制作の機会を多くもたれたそうだ。
1.CEFRの正体
CEFRは、2001年に公開された【Council of Europe(2001)Common European Framework of Reference for Launguages:Learning,teaching,assesment.】と、2018年に公開された【Council of Europe(2018)Common European Framework of Reference for Launguages:Learning,teaching,assesment:Companion Volume with new descriptors.】がある。(2018年のものは、書籍化されておらず、英語版とフランス語版。)
誤解している人も多いが、2018年は改訂版ではなく、これだけを理解すればいいというものではない。2018年には、2001年のものを修正し、追加されたものが記載されているが、原則となる背景などの記載は要約に留まる点も多い。2018年は2001年の‘姉妹版’と考え、両方見るべきである。
○CEFRに対するさまざまな誤解
誤解1:CEFRはヨーロッパ言語のためもの
そうではない。Common European Framework of Reference for Launguages:Learning,teaching,assessment.とある通り、European Framework (ヨーロッパの枠組み)であり、Framework for European Languages(ヨーロッパ言語のための枠組み)ではない。ヨーロッパで使用されている全ての言語を対象としているため、そこで暮らす人々が使用している言語(継承語・移民の母語・学校で学ぶ外国語など)も含まれている。
CEFRは現在40言語に翻訳されており、その中には、アラビア語や中国語、日本語などヨーロッパ言語ではないものもある。また、スペイン語だけでなく、バスク語(スペインの一部地域にて話されている言語)、エスペラント語等もある。さらに、2018年には手話に関する記述も多くある。
CEFRは世界基準、国際基準である、という間違った解釈をしている人もいるようだが、決してそうではない。作成元は、ヨーロッパを考えて作ったものであり、世界全体を意識して作ったものではない。そのため、日本でも参照するのは自由であるが、内容に関して、日本に適していないなどと言うのは変な話である。
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誤解2:Can Doを用いた言語能力のレベル指標
Can Do
Can Doという用語はCEFRの中では一度も使われていない。(2018年のものに、現状を表す報告文書で2-3カ所使われているだけである。)
Can Doという言葉は、ヨーロッパで試験について検討する団体ALTE(Assosiation of Language Testers in Europe)がCEFR公開後に試験の改訂プロジェクトを行っていた際に、‘Can Do’ statementsという言葉を用いたため、広がったものであると考えられる。‘Can Do’ statementsに該当するようなものは、CEFRでは、illustrative descriptors(例示的能力記述文)と言う。しかし、CEFRは参照するものであるため、例示(illustrative)でしかなく、規定(statements)ではない。
レベル指標
参照するものであるため、規定、レベル指標ではない。CEFRの中で、レベルに関する記載は第3章のみ。CEFRの冒頭では、読者に対して、「単なる提案であり、義務でも押しつけでもない。」「・・・例示の目的は新しい可能性を示すことであり、決定を先取りするものではない」と記載がある。さらに、「CEFを利用する読者は、ここでの尺度と記述項目を批判的に捉えて使ってほしい。」と書いてある。CEFRの特徴の1つでもある、non-dogmatic(非教条的)である。
誤解3:CEFRは外国語教育スタンダード
スタンダード
かつて船舶に関する国際法を決めるにあたって、スタンダードという考え方が生まれた。また近年では、ビジネスで、貿易などの際のグローバルスタンダードという言葉もある。これらのスタンダードは、取り決めがなければ、各国間でまとまらないために作られたものである。その意味で解釈した上で、スタンダードという言葉を使うのであれば、CEFRはスタンダードではない。
CEFRの中に、「CEFの役割は、この本の利用者にどういう目的を追求すべきか、どういう方法を取るべきかを支持することではない。」「問題提起はするが、答えを提示することはしない。」と明記されている。教師や学習者が何をするのか、どのようにするのかについては、各自考えるようにと示唆されている。さらに2018年には、強調された表記で「CEFRは教育改革推進のためのツールであって、スタンダード化のためのツールではない。」とはっきりと記されている。
*CEFRの呼び名は、2001年から3-4年はCEFと呼ばれていたが、Reference(参照)ということをはっきり理解してもらうために、CEFRという呼び名になった。
CEFRは外国語教育のため
CEFRの例示的能力記述文を見ると分かるように、CEFRは外国語教育だけに視点を置いたものではなく、人間の使っている言語の状況を写し取ったものである。そのため、CEFRは母語教育でも参照することができる。C1やC2のものは、たとえ母語であったとしても、性格やその内容、状況によってはできないことがあることに気が付くだろう。
(配布資料:CEFR C1-C2の例示的能力記述文の一例を使って、各自母語*でできるかをチェック)
*一番得意な言語でチェックした方が、イメージしやすいため、方言でも可
誤解4:CEFRはサバイバル向きで、ビジネスや高等教育向きではない
誤解3にも関する点だが、CEFRの例示的能力記述文を確認すると分かる通り、ビジネスシーンにも対応できる。最近では、CEFRをもとに日本の医学生や看護師のコミュニケーションスキルのチェックをする取り組みも行われ始めている。
○教育実践の三角形
CEFRに関わらず、教育実践の際、先生が必ず考えるようにしているのは「目標」「学習活動」「評価」の3つ。それらを点で結んだ中に、それら3つを支えるようにあるのが、「教育理念」だ。それぞれが独立したものとして考えるのではなく、相互関係があると考える。「教育理念」は、教育の目的や育てたい人物像がどのようなものであるのかを示したもの。この「目標」「学習活動」「評価」「教育理念」に、CEFRを配置するのであれば、教育理念そのものに該当する。決して、評価だけに相当するものではない。CEFRは『言語教育の北極星』であり、どこからでも見られる・悩んだ際は立ち返るものとして考えられる。
○CEFRの教育理念
CEFRの教育理念は、「欧州における言語教育政策を実現させること」「欧州市民を育てること」。
欧州市民とは、複言語・複文化を持つsocial agentsである。複言語・複文化能力とは、多くの言語の知識があったり、多くの文化に触れていることではなく、コミュニケーションのために、様々な言語を使って、異文化間に参加できる能力のこと。複言語・複文化の「複」は、複数というより、complex(入り組んだ・多くから成る)と捉えたほうがより、近い意味合いになる。CEFRにはこのような教育理念があり、第1章~第9章まで全てにこの教育理念が反映されている。
*「CEFRをしている?」「模擬授業が見たい!」「CEFR式試験はどのようなもの?」「CEFR向けの教科書は?」などの質問をよく受けるが、それらは一切なく、それらは全て「各自が考えるもの」だ。また、CEFRは文型シラバスやパターンプラクティスを否定するものでもなく、必要であればそれらも方法の一つとして用いればよいと考えられている。
2.CEFRの背景と柱
CEFRは、2001年Council of Europe(欧州評議会)によって、欧州「言語教育政策」実現のためにつくられた。欧州評議会は、1949年に「人権」「民主主義」「法の支配」の保護を目的として設立。欧州「言語教育政策」では、ヨーロッパ市民の育成や、国家間の相互理解/異文化理解について書かれている。
従来、欧州では外国語教育と言えば、ギリシャ語やラテン語などの古典語教育・文法教育であった。しかし、Council of Europe(欧州評議会)の設立以降、ことばの学びは国家間の相互理解や異文化理解のためという考えが出てきた。それから、知識の言語教育から、人々の相互理解のための言語教育へと変わっていく。Council of Europe(欧州評議会)は、言語教育は平和教育の重要な手段と位置付けている。この言語の中には、現地語や公用語はもちろん、移民の母語・継承語、手話も含まれている。このことからも、『ことばの学びは幸せのため』というのが、見てとれる。
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○CEFRの言語教育における2つの柱
①social agents:学習者や教師の捉え方
social agentsとは、「社会で行動できる人」「自己管理できる人」「社会とつながれる人」「自分の行動に責任を持てる人」と、van Lierという教育学者によって定義されている。
②行動中心アプローチ:教育や学習の考え方
行動中心アプローチの最大の目標は、目的行動が達成できるsocial agentsの育成。
教室内での言語活動は、教室外で行われるものへの予行練習だと考えられることが多いが、そうではない。行動中心アプローチの肝となる考え方では、言語を使って学習することは、一つの言語活動であり、目的を持った行動といえる。そして、それに関わる学習者も教師も言語使用者であり、目的行動を達成しようとする、social agentsである。目的を持った行動、それを実現しようとする視点を持った教育観が反映されたものが、行動中心アプローチである。
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○コミュニケーションの成否
人間のコミュニケーションでは、相手の要求にいかに答えていくかが肝心で、受け手に主導権がある。受け手の反応によって、コミュニケーションの成否が決まる。
(例)
以下の課題をどのように評価するか考えてみよう。
「日本人の友だちにあなたの国の有名な料理について聞かれました。どんな料理なのか、どうやって
作るかなど、友達に詳しく説明してください。(JF日本語教育スタンダード:B1より)」
*この日本人は、何のために他国の料理を知りたいのかを考えることが大切。それによって、コミュニケーションの成否が決まり、評価基準が変わる。
○目的行動
年齢/世代、生活様式、興味/関心、言語能力などの違いによって、1人1人目的行動は違う。自分と他人の目的行動は同じではない。しかし、1人の人間の目的行動に着目すると、言語による大きな差は出ない。そのため、日本語で行う目的行動と、他の言語で行うものが大きく変わることはない。
(例)日本語でも外国語でも生活のためスーパーで買い物をすることは、変わらない。
サッカーを好きな人が、外国語を使ったときに嫌いになることは考えにくい
*CEFRを外国語教育や方言などと切り離して考えることはなく、どの言語でも同じように言える。
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○行動中心アプローチ
「ことばを使って○○ができる」これが、行動中心アプローチのCan Do。
ことばを使って何ができるかが見えなければ(数を言うことができる、英語のrの発音ができるなど)、CEFRがいう行動中心アプローチのCan Doとは言わない。
(例)先生が授業後に行った振り返りシートの学生回答
質問:何ができるようになりましたか。
学生 1:アマゾンJPで買いたい漫画が検索できる
2:Facebookにアニメの登場人物名を日本語で正しく書ける
*これらの学生は、母語でできていたことが、日本語でもできるようになったことが分かる。
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3.CEFRにおける「目的行動」の捉え方
1.活動領域:私的領域・公的領域・職業領域・教育領域 の主に4つに分けられる(その他があってもよい)
領域が変わることで、説明の仕方や、伝え方なども変わる
(例)自国の料理の説明ができる
私的領域:近隣住民との交流
公的領域:地域の国際フェスティバル
職業領域:職場の新メニュー企画会議
教育領域:小学校の訪問授業
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2.言語活動:受容活動・産出活動・相互行為活動・仲介活動
全ての活動に、Pre-A1~C2の7段階が示されている。
受容活動 :「聞く」「読む」
産出活動 :「話す」「書く」
相互行為活動:「口頭」「文字」
*口頭でのやりとり=会話 *文字でのやり取り=Lineなどの話し言葉の文字化
仲介活動 :「テキスト」「コンセプト」「コミュニケーション」*2018年に記載された
「聞く」「読む」「話す」「書く」は一方向的な活動として分けてある。学会発表が得意でも、隣人との会話は苦手など、一方向的な能力と相互的な能力は異なるものである。
*仲介活動と相互行為活動について
例)ドイツに住む日独バイリンガルの男の子が、日本から遊びに来た祖父母と一緒にお店に行く。
祖父母は英語で水を注文するも、ガス入りかガスなしかをドイツ語で質問され、困っている。
男の子は、「ガス入り?ガスなし?」と祖父母に聞いた。 ⇒テキストの仲介
しかし、祖父母は水にガス?と理解していないようだ。
そこで、男の子はドイツには「コーラみたいに炭酸が入った水がある」ことを説明した。
⇒コンセプトの仲介
祖父母は炭酸水だと理解し、ガスなしの水を注文。
おじいさん、おばあさんとウエイターとの中継ぎ ⇒コミュニケーションの仲介
仲介活動が示すものは「やりとり」の構造とは異なり、自身が当事者として発信するのではなく、言語行動を「取り持つ」活動:「誰かと誰かをつなぐ」「何かと誰かをつなぐ」
*プロの通訳・翻訳はC2以上なので、ここには含まれない
*日本語で日本語を翻訳するのも「仲介」であり、すべての人間の目的行動に必ず関わっている
仲介する言語の種類
①2つの異なる言語(two different languages)
②同じ言語の2つの変種(two varieties of the same language)例)○○弁と△△弁 など
③同じ言語の2つの位相(two registers of the same variety)
例)老人語と若者語 話し言葉ーと書き言葉「やさしい日本語」「手話通訳」など
④①~③の組み合わせ
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3.言語能力
全ての言語活動を支えるのが、言語能力であり、Can Doを達成するためには、これが必要。CEFRではコミュニケーション言語能力(Communicative language competence)と一般的能力(General competence)に分けて示されている。
コミュニケーション言語能力:Pre A1~C2まで例示的能力記述文あり
①言語構造的能力(Linguistic competnces):語彙、文法、文字、音声などに関する知識・技能
この能力が高いと、相手に対して「正しい」印象を与える。
②社会言語能力(Sociolinguistic competences):その言語が使われる社会でのルールを理解し、
それに則って活動できる能力
敬語や語彙の適切さ。「心地よさ」につながる。
③言語運用能力(Pragmatic competences):コミュニケーションを円滑かつ効果的に進め
ていくための能力
「分かりやすさ」につながる。
誤解5:正確さが身につかない
上記のコミュニケーション言語能力を見ると分かる通り、正確さが身につかないのは、CEFRが悪いわけではない。
一般的能力
①叙述的知識(Declarative knowledge) :個人の体験や勉強によって得た知識・意識
(例)JLPT N1に合格している人でも、料理をしたことがなければ、料理についての説明はできない
②技術とノウハウ(Skills and know-how):ある活動を実行するために意識しなくてもできるように
体得している技能
言葉を使った活動を達成する時に、副次的に必要になってくる
(例)「おはようございます」と言って、お辞儀をする スマートフォンで文字入力する
③実存的能力(Existential competence) :個々人の持つ態度・動機・価値観・性格的な要因
生きている限り変わるもの
言語を使って活動すると隠しようがない「個性」
④学習能力(Ability to learn) :新しいものや異なったものを発見でき、取り入れることが
できる能力(言語・文化・知識・人々等)
課題や発見、その解決などを自分の中に融合する力
*一般的能力はとても大切なものと考えられている
○「目的行動」「言語活動」「言語能力」の関係
目的行動(私的・公的・職業・教育)の1つ1つの中に、言語活動(受容・産出・相互行為・仲介)が
含まれており、またさらにそれらを支えるように言語能力がある。どの領域、どの力を学習者に身につけようとしているのかを意識することで、授業や評価の時、ポイントがずれることはない。
例)自国の有名な料理について、どんな料理なのか、どうやって作るのか、どうやって食べるかなど、
親しい友達に、口頭で説明することができる。
*先生のスライドから引用
*授業や試験をするときには、毎回全てを行う必要は当然なく、その時にどこをポイントとして、扱うのかは、
学習者を観察しながら教師と学習者が共に進めていけばよい。
4.CEFRを参照した教育における4つのポイント
キーワードとなる4つの言葉であり、それぞれは互いにリンクしている。
①「その人のことば」を育てていく〈非・母語話者モデル〉
②「得意なこと」を大切にする〈部分的能力〉
③「自分で生涯」学び続ける〈自律学習・生涯学習〉
④「できること」を評価する〈肯定的評価〉
非・母語話者モデル
外国語学習の際、誰を理想的母語話者と位置付けるのか。ロールモデルを持つこともいいが、決して、自分がその人になれるわけではない。大切なのは、自分のことば「わたし語」を育てること。CEFRは「わたし語」を育てることを狙いにしている。
オリンピックに向けて、パンフレットなど多言語表記されているものがある。必要なものではあるが、これは多言語主義的考えであり、一人の人間が言葉を話すとき、これと同じように、頭の中で各国語が独立していることはない。英語を話すときに、日本語を全く忘れている人は誰一人としていないことから理解できるだろう。一人の人間の中には、外国語だけでなく、人によっては方言やアニメ言語など、生まれてから形成してきた言葉や表現がたくさん詰まっている。それが絡み合って集まり、その中から言葉「わたし語」が発せられる、と考えるのが複言語主義の捉え方である。そのため、Aさんから出てくる「わたし語」とBさんから出てくる「わたし語」は同じではない。Aさん、Bさんが日本語の一部分かる所があるため、コミュニケーションはとることができる。しかし、そこで齟齬が生じるのは、お互いに「わたし語」が異なるからである。母語話者の正しさを追い求める教育をするのではなく、「わたし語」を豊かにする教育を目指すことが大切。
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「得意なこと」を大切にする
部分的能力(partial competence):個人の言語能力を「豊かにする構成要素」
人の言語能力は状況や内容によって、できることできないこと(凸凹)がある。これは、母語で考えても言えることである。一人の中にある、言語能力の1つ1つを部分的能力といい、それらはレベルの違いはあれど、それぞれ大切な要素と考え、肯定的に捉えている。しかし、狭い範囲や限定的な範囲で、その凸凹が自分だと満足してしまっていいというものではない。1つの部分的能力の変化は他の部分的能力にも大きく影響を及ぼすことがある。そのため、1つ1つの能力を豊かにし、豊かな人生にしようと考えている。
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「自分で生涯」学び続ける
「学びは学び手のもの」という視点に目を向ける
学びの主体・学びの管理:コミュニケーションの場面に必要な課題や活動を遂行するのは、学習者本人。そのため、学び方を学ぶことが言語学習には不可欠である。
学びの個別性 :言語学習の過程は持続的であり、個人差があるもので、二人として完全に同じ能力を持つ人、同じ学習の道をたどる人はいない。
「学びは学び手のもの」。だからこそ、何ができるようになったかのチェックリストは最終的には自分で作れなければ意味がない。イギリスの小学生向けに開発されたポートフォリオには、規定のチェック項目以外に自由記述欄が設けられている。与えられたものだけを達成できればいいのではなく、自分がやりたいことができるように計画して、進めていくことを小さい時からトレーニングしている。自由記述欄があることは、自由度は上がるが、同時に自己責任度も上がっていく。
先生も振り返りシートには、「授業で何をしたか」「上手になったこと」「まだできないこと」「がんばること」を記入するものを使っているそう。それを続けていると、「できるようになったこと」を聞いたときに、文型が言えるようになった、漢字が○字できるようになったと言う学生はいないそうだ。
「できること」を評価する
振り返りシートなどに、「できないこと」を書け、と言われても無理。熟達度レベルは、目標を与えるために、できることをみるのが良い。CEFRの例示的能力記述文にも、A1から「~なら・・できる」という肯定的な表現が使われており、「~しか・・・できない」といった否定的な表現は使われていない。私たち教師もこのように、日頃から肯定的に見ることが大切。
○CEFRが示す2つの「できる」
①縦への進歩
Pre-A1からC2まで、レベルが上がっていくこと。
例)自国の料理について説明することができる
B1:ある程度流暢に、ある程度の長さで、順序立てて説明できる
A2:動作や図などで示しながら、短い簡単な文で説明することができる
A1:簡単な単語・句で紹介することができる
*CEFRは、人間の言語能力を明確に区分しているのではなく、能力の境目はぼんやりとしているもの、
と「虹の絵」を使って示している。
②横への進歩:行動幅を広げる
1.トピック・説明方法
トピックが変われば、説明方法も変わる
例)B1 話す
・自分の故郷の料理の作り方などを、ある程度流暢に、ある程度の長さで、順序立てて説明できる。
・自分の故郷の気候について、ある程度流暢に、ある程度の長さで、他国と比べながら説明できる。
・自分の故郷の観光地について、ある程度流暢に、ある程度の長さで、わかりやすくまとめながら説明できる。
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2.手段
例)B1
・自分の故郷の料理の作り方などを、ある程度流暢に、ある程度の長さで、順序立てて説明できる。
・自分の故郷の料理の作り方などを、ある程度流暢に、ある程度の長さで、順序立ててレシピカードに書ける。
進歩は垂直方向に上がっていくだけではない。行動幅を広げる横方向への進歩もある。垂直方向の進歩に視点が強い文型シラバスは、一度出てきた文型はできることとして扱われ、その後出てこない。しかし、人はスパイラル的にできること・できないことを繰り返し達成していく過程で成長する。だからこそ、横への進歩にも目を向けることで、豊かな言語使用者となり、全体的な能力も上がっていくのだ。
○おわりに
「Can Doで目標を書いていなくても、A1-C2のレベル分けをしていなくても以上の4点について、意識づけした教育を実践しているのであれば、‘CEFRの実践をしている’と言ってもいい。Can Doだけ使っていることのほうが危うさを感じる。」さらに、「CEFRは自分のことに置き換えて考えると、分かりやすくなる。また、CEFRは自分一人でも複数でも始めることができる。授業の失敗を糧に、試行錯誤しながら、進んでいきましょう。またそれを仲間と共有することで充実したものになる。一人で抱え込まず、仲間と共有したり、語り合うきっかけにしてほしい。CEFRの実践は、自分のできることから取り組むことができる。そして、その輪を広げていくことで、CEFRが共通語となり、学習者だけでなく、教師も成長していけると思う」とお話してくださいました。
○参加者の質問・感想など
ある参加者の方の質問から、初級から方言を取り入れることについて話が広がりました。日本語教師は「母語」と聞いても、「方言でもいい」と言われなければ、どうしても「共通語」と考える人が多い。また、先生からはドイツ語では初級聴解試験から、各地方の方言が使用されていて、それらの言語にも権利を与えることに大きな意味があるとお話がありました。英語や日本語の試験でも、各地の方言を取り入れるのもいいのではないかという意見も多く出てきました。
研修終了後、参加者からは「学習者だけでなく、自分自身にも言えることだと思った」「学習者の『仲介力』にも今後意識していきたい」「誤解していたことが解けた」「個人の部分的能力を肯定していきたい」「言葉の学びは幸せのため、ということを軸にもって今後進めていきたい」などの声が上がりました。
CEFRが正しく理解できているかは、配布資料の「CEFR理解度セルフチェック」の質問に『自分の言葉』で説明できるかを指標とすればいいそうです。できるようになるまで、各自自分を鍛えるといいと教えてくださいました。
●その他 資料
日本語教育振興協会 日本語学校教育研究大会
分科会「今、話題のCEFR、A2って何?」会場からの質問への回答
https://www.nisshinkyo.org/news/convention.html
奥村三菜子(2019)「欧州における継承日本語教育と欧州言語共通参照枠(CEFR)」近藤ブラウン妃美・坂本光代・西川朋美 編『親と子をつなぐ継承語教育-日本・外国にルーツを持つ子ども-』12章,くろしお出版.pp.175-189.