8月29日(木)から3日間、セルビアのベオグラード大学にて、第23回ヨーロッパ日本語教育シンポジウムが開催されました。初めて訪れる国であり、これまでセルビア出身の学習者に会ったことがない私は、「どんな日本語教育を行っているのだろう?」と興味津々で出かけました。
■日本語学習者数~国際交流基金の調査(2015年)より
国際交流基金の2015年海外日本語教育機関調調査によると、以下のような学習者数となります。
この調査は、3年ごとに行われるため、次の調査は2018年に実施され、その結果が2019年秋には出る予定です。そのため、少し古い数値となっています。
(新調査の結果が公表になりましたら、追加情報として載せることとします)
教育段階 学習者数 割合
初等教育 99人 18.6%
中等教育 120人 22.5%
高等教育 246人 46.2%
その他・教育機関 68人 12.8%
学習者総数は533人、その半分近くが大学で学んでいることがわかります。
(https://www.jpf.go.jp/j/project/japanese/survey/result/survey15.html)
■セルビアにおける日本語教育の流れ~国際交流基金のデータより~
セルビアでの日本語教育は、今回シンポジウムが開催されたベオグラード大学に1975年日本語の授業が設置されたのがスタートとなります。少し歴史をピックアップしておきたいと思います。
参考資料「日本語教育国・地域別情報『セルビア』2017年度」(国際交流基金)
https://www.jpf.go.jp/j/project/japanese/survey/area/country/2017/serbia.html
1975年 ベオグラード大学 言語学部東洋言語学科で、日本語の授業スタート
1986年 同大学 言語学部内に日本語・日本文学専攻課程設置
1992年 ベオグラード言語専門高等学校に日本語専修コース設置
2012年 ロズニッツア、ベチェイなどの地方にある小学校での日本語授業開始
2013年 セルビア日本学会発足
セルビア教育省より中等教育機関での正規科目としての日本語授業認可
2014年 首都以外の都市の高校でも日本語教育開始
そして、2015年の結果を、3年前(2012年度)の調査結果と比較してみると、以下のようになります。
教育機関数 教師数 学習者数
2012年度 5 14 292
2015年度 11 31 533
■日本語学習者が増えている現状~日本文化への関心~
今回、セルビアでお目にかかった国際交流基金ブタペスト日本文化センターの林敏夫氏は、セルビアにおける日本語学習者の増加について、次のような理由をあげてくださいました。
1. 日本の伝統文化への関心が高い
2. アニメなどポップカルチャーへの関心が高い
3. 大学、大使館などの拡大施策が功を奏している
また、官庁、企業などに就職した日本語学科卒業生の評価が高いことも、さらなる人気を生んでいる要因であるとのことでした。
「日本語拡大施策」は、三菱商事、ベオグラード大学言語学部、そして日本大使館の協力によって2014年にスタートし、日本語学習者の裾野を広げることに貢献してきました。詳しくは、以下のサイトをご覧ください。
◆大使館
https://www.yu.emb-japan.go.
https://www.yu.emb-japan.go.
◆三菱商事
https://www.mitsubishicorp.
(2018年4月の記事)
林氏は、最後にこう結んでくださいました。
セルビアの人々の文化の高さというか、芸術に対する高さは素晴らしいですね。
詩を大切にする文化ですし、また、町でもギャラリーがたくさん目につきますね。
セルビア人の文化の底力を感じます。また、スラブ語系は音の数が多いですから、
日本語はある意味では学びやすい言語だと思います。これからのセルビアの
日本語教育の高まりに期待したいと思います。
■日本語を学び始めたきっかけ~現場の声より~
お昼休みに、ベオグラード大学4年生の男子学生に、ちょっと話を聞いてみました。彼が大学で日本語を学ぼうと思ったきっかけは、日本語の音がきれいなこと、日本のアニメのすばらしさに魅せられたことだそうです。「3種類の文字があるので大変ではなかったですか」という質問に、次のように答えてくれました。
3つの文字、それがあるから面白いですね。漢字はもちろん大変ですけど、
でも、日本語は、漢字があるから面白い。文法も言葉も違う。
違うから勉強するのが面白いと思います。
「大学卒業後は?」という質問に対しては、「セルビアの会社で、日本語が使える仕事がしたいと思ってますから、そのチャンスを探します」と言っていました。
今回、幸運なことに、実行委員長を務められたベオグラード大学文学部マルコビッチ先生に、ゆっくりお話を伺う機会をいただきました。マルコビッチ先生は、大学に入るまでは、独学で日本語を勉強し続けていらっしゃったそうです。日本語を独学で学ぼうと思ったきっかけについて、以下のように語ってくださいました。
私は、11歳の時、明治時代の日本の奇跡に関する本を読んで感動しました。
日本は、自分達の持っている良いものを守り、自分達の心、精神を大切にしながら、
近代化をしていきました。私達も早くそれをめざしたいと思いました。
■ベオグラード大学で作られた『KANJI』~自分自身の学習者体験から生まれる~
基調講演でも、『KANJI』という教材について触れられましたが、インタビューでもさらに詳しく話してくださいました。
私自身、外国人ですから、自分自身の
漢字学習が土台になっています。
なにしろ学生の授業時間は限られて
います。ですから、「どう覚えたら、
漢字を楽しく、効率よく覚えられるか。
そのためには、どんな教材にしたらい
いか」を考えて、ずっとやってきました。
そのプリントをまとめて本にしたのが、一昨年です。
著者は4人ですが、みんな自分自身の経験から作り出しました。
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『KANJI』の課にある漢字は、「学習者が楽しく覚えられること」を大切にし、まずはその課に出てくる漢字を場面に落とし込んでイラスト化し、その後、覚え方の例が挙げられています。「書くことも大切ですが、ただ書いて、書いて・・・ではなく、まずイメージ化することが大切ですね」と、にこやかに語りながら、『KANJI』の中身を説明してくださいました。そして最後に、『KANJI』の英語版とセルビア語版をプレゼントしていただき、帰国後『漢字たまご』をお送りすることをお約束してお別れしました。
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■これからのセルビアにおける日本語教育の可能性~企業の進出という視点から~
これまで、セルビアでの日系企業と言えば、JTI(日本たばこ・インターナショナル)や、パナソニック電工などがありますが、日本語教育はそれほど活発に行われてはきませんでした。しかし、ここ数年経済交流も活発になり、いろいろな新しい動きが出てきています。
例えば、今年8月上旬には、東洋タイヤがセルビア北部のインジャ市にタイヤ工場を設立することを発表しました。ジェトロ「ビジネス短信」によると、「現在、セルビアに進出している日本の製造業は7社で、矢崎総業、パナソニック、JTI(JTインターナショナル)、HI-LEXなどがある。欧州主要国に比べると少ないが、今後の進出が期待される」とのこと、そうなれば、日本語学科卒業生の活躍の場が、さらに増えていくことになります。
https://www.jetro.go.jp/biznews/2019/08/1f79b40129dad583.html
マルコビッチ先生は、「こうした企業で役立つ人材を育てるためにも、幅広い日本語教育が大切だと思っています。文明論、文学史も大切ですが、それに加えて、日本の近代化、企業経営など、例えばトヨタ生産方式
等についても学んでほしいと思っています」と話してくださいました。
◆ ◆ ◆
飛行場に迎えに来てくれたタクシーの運転手さんは、とても朗らかな人で、いろいろ話してくれました。
・セルビアでは、小学校から英語をきちんとやっているので、かなりの人が話すことができるんです。
・今、私達はまだまだ発展の途中だけれど、20年後には、進んでいるヨーロッパの国に追いつきます。だから、みんな頑張っているんです。
・日本との関係は、とても大切です。これからもっと強くなっていってほしいと思っています。そして、もっとたくさん日本人に観光に来てほしいですね。
明るく、温かく、笑顔がすてきな人が多いことに気づきました。最後に、マルコヴィッチ先生のお話を2つ紹介して終わりにしたいと思います。
「セルビアは東と西の『渡り橋』なんです。それは、地理的だけはなくて、
精神的にもそうなんです」
「日本は、1868年が近代化の始まりですね。セルビアは、
その10年後の、1878年がそうなんです。その点でも、
セルビアと日本は似ていますね」
(※オスマン帝国より独立し「セルビア公国」が成立、
1878年に国際社会の承認を得る)