6月16日(金)・17日(土)の2日間、パリの東洋言語文化大学(INALCO:イナルコ)にて「21世紀の漢字学習・漢字教育」というテーマでフランス日本語教育シンポジウムが行われました。フランス各地からだけではなく、イギリス、スペイン、ベルギー、ドイツなど欧州各国、また日本からも参加者があり、活発に意見交換が行われました。いろいろご紹介したいものがありますが、今回はイナルコの学生さんや先生方による「漢字デザインコンテスト」「日本語劇」についてお伝えしたいと思います。
■増え続けるフランスの日本語学習者~根強い「日本の漫画・アニメ人気」
フランスにおける日本語学習者数は、国際交流基金の2012年調査でヨーロッパトップとなり、現在も増え続けています。
※2009調査では、イギリス=19,673人、フランス=16,010人
フランスでは、日本・日本文化への関心が高く、特にサブ・カルチャーへの関心が高いと言われています。お会いした先生方からはこんなお話を伺いました。
「生まれた時から日本のアニメや漫画と一緒に育ってきたんですよ」
「本家の日本の次に漫画消費量が多いのは、フランスです」
「何しろフランス人は、日本が好き、日本文化が好き、日本語が好きなんですよ」
日本語教育の面でも、2014年にイナルコとパリ・ディドロ大学とが共同で「日本語教育専攻の修士課程」を開設、また、2016年には中等教育教員資格に「日本語部門」を新設することが決まりました。
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■漢字に対する「喜び、苦痛、憧れ、恐れ…」~学習者に寄り添う教師の努力
今回のシンポのリード文には、次のような文章がありました。
フランスの日本語学習者が漢字や漢字学習に抱く思いは複雑でさまざまです。
その美しさに加え、勉強の効果が見えやすく達成感も大きいことから、漢字
学習に没頭する学習者も少なくありません。しかし、大半の学習者にとって、
漢字の学習は長く険しいもので、勉強の方法すら分からず、いつしか勉強の
喜びを失い苦しさしか感じられなくなってしまうことも多いようです。
こうした教師の問題意識から、今回のシンポジウムの計画がスタートしました。基調講演者のお一人である笹原宏之さんは、「国字」の研究者ですが、何冊も分かりやすい漢字の本を書いていらっしゃいます(『漢字に託した「日本の心」』(2014、NHK出版新書)、『国字の位相と展開』(2007、三省堂)、『日本の漢字』(2006、岩波新書)など多数)。実行委員の方々は、そうした本を読み込んだ上で、「ぜひ笹原先生に、漢字そのものの面白さ、奥深さについて語っていただこう」と、東京の研究室を訪問なさったのです。その熱心さには頭が下がります。日本で日本語教育に携わる人たちは、漢字が溢れる日本社会に暮らし、そこで日本語を教えていることによって、漢字が空気のようになっています。そのため、どうしても漢字学習・漢字教育に対して、若干「鈍感」になってしまいがちです。
・非漢字圏は、漢字を覚えようとしないので、大変。
・ちゃんと漢字に取り組まないから、中級になってつまづくことになる。
・ベトナム人が急増したから、昔のようなやり方が通用しなくて困っている。
こんな声が日本各地の教育現場から聞こえてきます。それは、自分自身が学校で受けてきた漢字教育への拘りなどから、例えば「漢字はひたすら書いて覚える」といったやり方で指導しているため、学習者の関心、興味を奪い取ってしまっているからなのです。日本にいて漢字に囲まれ、漢字を学ぶことが当たり前になっている環境の中で、非漢字圏学習者のための漢字学習・漢字教育はどうあるべきかを真摯に考える必要があるのではないでしょうか。私は、笹原さんの講演を聞きながら、「漢字は、物語であり、アートであり、玩具である」といったブレット・メイヤーさん(漢字教育士)との浜松でのインタビューを思い出していました。
■「漢字デザインコンテスト」開催を決定~少しでも漢字が身近になってほしい!
今回、実施校であるイナルコの先生方が着ていらっしゃるのが「黒いTシャツ」、そして学生さん達は「黄色いTシャツ」です。色は違うのですが、どちらも背中に『漢道』と大きくプリントされたTシャツです。
これは、シンポジウムでお揃いのTシャツを着ることになり、「今回のテーマである漢字教育に絡めて、漢字のデザイン」を考えたことが発端です。少しでも学生の漢字への関心を高めたいという思いから、募集を始めました。そして、24の応募作品に対して、221人の学生や先生方が投票を行いました。以下、担当の先生からのコメントを付けて入賞作品をご紹介します。(漢字デザインに関心を持った私は、イナルコの先生にいろいろお聞きして、作成した学生さんの思いを知ることができました)。
大賞(Tシャツ)
「漢道」は、日本には○○道というのがいろいろあることから考えた言葉です。漢字の道は「感動」があるから、「漢道」としたのだそうです。
ポスターの「心」は第2学年の学生によるものです。彼女は大変想像力のある学生で、他にも色々な作品を応募しました。
「電力チュウ」では学生からの票を集めデザイン賞も獲得しています。
「心」は、北斎が好きだから、と言っていました。
プログラム表紙の「楽苦」は、イナルコのマスター第1学年の学生によるもので、「漢字学習は楽しいが、苦しい。苦しいが、楽しい」という意味をデザイン化したのだそうです。
教師会のホームページ上で、今回のシンポの理念背景を紹介する文章の中に、“Plaisir,souffrance……”と書いてあったことにインスピレーションを受けたと言っていました。
予稿集に、担当なさった先生が次のように書いていらっしゃいます(p.195)
漢字学習はともすると、学生によってはその数の多さに圧倒され、頭から叩き
込むしかないような様相を呈することもありうる。今回のシンポジウム開催に
合わせて漢字デザインコンクールを行ったことは、学生が漢字に対して別の角度
から向き合い、いろいろな想像力を働かせて漢字に親しむ機会が持てた点で、意
義がある活動であったと感じる。掲示板まで足を運んで投票してくれた学生
にとっても、ただ通りすがりに足を止めて応募作品に見入っていた学生にとっ
ても、他の学生がどのように漢字に親しんで、個性的にそれを表現したかを見
ることは大いに刺激になったようだ。
■日本語を用いた演劇アトリエ~「桃太郎」と「不思議の国のアリス」を熱演!
もう1つ、学生さんが主体的に参加したものとして、1日目に1時間かけて行われた日本語劇があります。どちらも、学生さん達が実に楽
しそうに演じていたのが印象に残っています。とてもきれいな発音で聞きやすい日本語劇であったこと、随所に工夫が凝らされていたことなど、実に素晴らしいものでした。「もう一度見たい。多くの人に紹介したい!」という思いから、イナルコの先生方にお願いして、動画をいただいてきました。どうぞ関心のある方は、アクラスに見にいらしてください。ここでは、予稿集にある活動報告(p.191-193)を引用させていただきます。
演劇の題目については、学生主導で話し合いを行い、日本の物語である『桃太郎』
と、西洋の物語である『不思議の国のアリス』を選択した。台本は、学生の中の代表者がオリジナルで執筆し、教師が修正を入れた。また、演技をつけていく作業の中で、学生からの提案を積極的に取り入れ、台本を随時更新しながら進めた。
演劇アトリエでは、通常のクラスではなかなか紹介しきれない日本語のおもしろさに触れ、学生がさまざまなことに気付く機会を持つこ
とができたといえる。詩のリズムやオノマトペの豊富さ、感情をのせて読む朗読など、これらに触れることはクラスでは、時間的な制約や学習項目の優先度から、なかなか扱うことができないのが実情である。しかし、そうしたものに触れることにより、学生たちの言語センスや感覚が研ぎ澄まされ、更なる日本語力の向上へとつながっていくであろうことが期待される。
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私は「自律的な学びを重視した漢字学習~『漢字たまご』を例として」というタイトル
でお話をしてきました。この『漢字たまご』は、長い年月をかけ、学習者にとって必要
な漢字を取り出し、提出順序を工夫し、さらには「非漢字圏学習者は漢字をどう学んで
いるのか」について学内で実践研究を重ねた末に生まれた教材です。少し特徴を箇条書
きで記しておきましょう。
3つの柱
1.何ができるかが明確になっている
2.漢字の接触場面から学ぶ
3.漢字学習ストラテジーを身につける
漢字の3分類
1. 読み方と書き方を学習する漢字
2. 意味と読み方がわかればよい漢字
3. サインとして意味が理解できればよい漢字で、読み方も書き方も問わない
教材ができた後も、学習者に寄り添い、学習者がわくわくできる授業をめざしてさらに
努力を重ねてきました。しかし、まだまだすべきことが山積みであることを認識しなが
ら帰国の途につきました。
参考:7月3日にフランス日本語教師会のHPに予稿集がアップされました。
http://aejf.asso.fr/archives/
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