4月アクラス研修の報告:報告者松本三千代さん(「介護の日本語教育について一緒に考えてみませんか?)

4月のアクラス研修は、「介護の日本語教育について一緒に考えてみませんか?」でした。http://www.acras.jp/?p=5128

参加者は、大学、日本語学校、地域の日本語教室で教えている方々から、介護施設にお勤めの方までさまざまなバックグラウンドを持つ方々でした。お二人の講師には、ご自分のご経験から介護分野における外国人に対する日本語教育の重要性、課題、これからすべきことなどについて詳しくお話しいただきました。制度上の課題も浮き彫りになり、情報の発信と共有、そのためのネットワークの構築に向けての努力が必要であると、改めて考えさせられた研修となりました。今回は、松本三千代さんがレポーターとして、詳しく報告記事を書いてくださいました。どうぞご覧ください。

 

当日配布した資料 ➡2016年4月16日 アクラス配布資料(神村)

          2016年4月16日 アクラス配布資料(野村)

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4月アクラス研修の報告

「介護の日本語教育について一緒に考えてみませんか?」

報告者:松本三千代(JICE外国人就労定着支援研修日本語講師・浜松日本語学院講師)

 

介護をテーマにした研修会に、日本語教師としてEPA候補者や外国人介護人材と関わりのある方、これから介護の日本語の仕事を始める方、介護・看護の専門職・事業運営者、大学院生、身内の方の介護の経験がある方など、多彩なメンバーが集まりました。「介護の現状を知りたい」「自分の仕事に生かしたい」「ネットワークや連携を作りたい」というそれぞれの関心や目的を共有して、研修は始まりました。

 

2時間の研修のうち、前半の神村講師、後半の野村講師のテーマ毎にご報告致します。

 

15:00~16:00 神村初美講師(首都大学東京)

「学習者が目指す専門性と日本語教育との線引きについて考える―介護の専門読解の授業を通して―」 

講師の神村さん

講師の神村さん

現状

・介護の日本語教育を捉えるとき、介護の専門家でないのにできるのか。漠然として何をどうしたらよいかわからないという不安の声をよく聞く。

 

専門日本語教育・目的別日本語教育とは?

・介護・看護分野を構成する成員として十全に参画を保障するものが日本語、日本語教育であると捉えている。介護・看護分野に十全に参画ができるための根幹を支える日本語教育を専門日本語教育という。

 

・首都大学東京 介護に関する日本語講座の取り組み

2012年当時の先行研究は、介護福祉士、看護師の国家試験の語彙の分析・教材作成が主流であった。国家試験を射程に入れながらも、日本語教師がどのように日本語教育を行うのかという研究はなかった。

「日本語教師なのに、介護の国家試験対策をしている。介護現場の事情もわからない。一方、介護の専門家の説明では学習者が理解できない。」

 

⇒ 介護の日本語教育=国家試験対策重視では、介護の日本語教育としてブレが生じる。

言語要素のあり方を分断する研究のみならず、学問分野や言語活動の各側面を統合的・包括的に扱おうとすることが大切ではないか。所属する社会(コミュニティ)の成員となることを保障するための日本語教育が大切ではないか。

 

⇒EPAの場合、国家試験対策を射程に入れながらも、学習者の「イマココ」に注目し、働きかけることが大切である。

 

介護や医療の専門性をどう扱うか 

<パーキンソン病の事例>

医療と介護の専門分野では、専門用語や名称の使用語彙について重なりと異なりがある。

⇒それぞれの専門領域において使用する用語や名称に異なりがあるならば、医療・介護の専門家だから、教えられるということではない。

⇒日本語教師は、中庸なニュートラルな立場で、日々の研鑽を重ねた上で、介護・医療の現場をつなぐことができるのではないか。

 

<EPA介護福祉候補者にみられる言葉の使用>神村さんのお話を聞く参加者のみなさん

・専門用語を理解し、使用している。

・介護の専門知識を既に持っており、介護現場の成員である。

→豊かな専門性を有した日本語学習者、日本語で表現することができないだけ。

学習者の専門性を引き出すことが日本語教師の仕事である。

 

介護の専門日本語教育 教室活動の「管理」から「支援」へ

・実践研究の積み重ねが、一般化・発展につながる

・「管理」から「支援」へという視点の転換が必要

・国家試験対策に引きずられ、眼前の学習者を個別に捉えることなく「EPA候補者」と一律に捉え、国家試験合格へ向けての効率的な「管理」型日本語教育から、国家試験合格を射程に入れつつも、眼前の学習者の持っているものを活かし、引き出す、つなげる「支援」型日本語教育が必要ではないだろうか。

・「橋渡しの専門日本語教育」としてのCBIモデルの紹介

CBI(Content-Based Language Instruction)5Cを統合したCBIの理念を生かした実践。LSPモデルとシェルターモデルの理論と実践の紹介。

⇒ 立体的な専門読解の授業

・学習者の理解やメタ認知を促すために、幾重にも工夫を重ねる。

・日本語教師が支援の主軸になることで、多層的な理解を促す授業が展開できる。

 

質疑応答

Q:話を聞いて、優秀な学習者達であるという印象があるが、首都大学東京のプログラムの参加者(EPA候補者)は、どのような条件で選ばれたのか。

A:一般のEPA候補者である。来日1年目をおもな対象とした日本語コースでの学習者の場合は、N3あたり、来日2年目をおもな対象とした専門日本語コースでの学習者の場合は、N3-N1あたりである。N3、N2の取得者であっても、複文での会話は難しい。

Q:読解の授業での介護の専門家による資料とは、外国人候補者向けに特別に依頼するのか。

A:授業資料として、依頼する。日本語教師と介護の専門家の内容の確認等の往還に3週間ほど準備期間を設ける。

 

16:10~17:10  野村愛講師(首都大学東京)

「申し送りに関する授業の紹介―候補者アンケートで評価された授業から―」

 

講師の野村愛さん

講師の野村愛さん

「申し送り」に関する授業の実践報告

職場における申し送りの特徴―短時間で行うので、話すスピードが速い。授業初回の聞き取りでは、候補者から「速い」の声があるが、日々の業務で聞く能力が伸び、期間後半の授業では1回の聞き取りで聞き取れる情報量は増える傾向にある。

 

<活動全体で特に意識した点>

・明日からの仕事で役に立つように、実際の就労現場を意識して、授業を構成した。

・参加者の既有知識を引き出し、活用する。教師は教えこまない。なぜなら、教師は介護職員ではなく、介護施設ごとにやり方や文化、しくみは異なるからである。

・教室でできたことを介護の職場においてもできるように、励まし、ほめる。明日への仕事に活かせるように支援する。

 

これまでのさまざまな介護の日本語教育の経験から、いま考えていること

事例紹介 (野村講師が経験した事例)

<エピソード1> EPA介護福祉士(国家試験合格後の外国人介護職員)からの相談

1 「自分の言いたいことが伝えられない。日本語のサポートをお願いします。表現を学びたい。介護職候補者と同じように支援をしてほしい。」(EPA介護福祉士)

2  職場の上司は満足。EPA介護福祉士を高く評価している。

3  「申し送りで表現は必要だろうか。端的にわかりやすく、スピーディに伝えることが必要ではないか。」(野村)

4 EPA介護福祉士が現場で言いたいことが伝えられなかった内容を記録してもらい、それを題材に日本語の支援を行った。

5  5回の授業後、実際のカンファレンスの場を日本語成果の発表とした。

<エピソード1>からの気付き

EPA介護福祉士の「言いたいことが伝えられない」という悩みを職場の介護職員は共有していなかった。共有後、職員からEPA介護福祉士に積極的な声かけやサポートが行われるようになった。日本語の表現そのものにこだわる必要はないことがわかった。

 

<エピソード2> EPA候補者の担当職員からの相談

1  EPA候補者の担当職員から、「候補者が国家試験に合格したら、申し送りに参加させたい。申し送りの日本語研修ができないか。」と相談を受けた。

2 「日本語研修を行う前に、まずは実際の申し送りを見学したら、初めて申送りに参加した日本人にとっても朝礼の内容がわかりにくいと感じた。(原因は、共通認識事項の省略。主語述語の欠落、情報や話題の飛躍など。)」(野村)

<エピソード2>からの気付き

外国人職員に日本語研修を課すだけでなく、日本人職員側もわかりやすい申し送りをこころがける必要があるのではないだろうか。困難を抱えるのは、外国人介護職員だけでなく、初めて申し送りに参加する日本人の新人介護職員も同様の困難を抱えるだろう。

→日本語教師が介在することにより、職場の意識変化を促すきっかけになった。

 

・このような経験を通し、「なぜ、どうして、介護の日本語教育が必要になるのだろうか・・・」と考えるようになった。

例えば「EPA候補者の利用者への声かけを練習してほしい。」というが・・・

「声掛けは、リハビリやケアプランに応じた声かけなど専門的な面があるのではないか。

日本語教師ではなく、現場の介護職員がEPA候補者に指導を行った方がよいのではないか。」

 

例えば「EPA候補者が国家試験に合格しなくてはいけない」というが・・・

「現在の日本の介護現場では、介護福祉士の国家資格がなくても介護の仕事に従事することができる。外国人にだけ、なぜ国家資格を求めるのだろうか。」

 

私の中で、日本語を教えるにあたり大切だと思う事

候補者、受入れ施設との関わり方、立場はそれぞれである(例えば、先生、ボランティア、同僚、友達等)。日本語教師として、できること、できないこと、したほうがいいこと、しないほうがいいことは、変わってくるのではないか。

だから、日本語教師として、日本語教育を必要としている人と対話をすることが必要である。日本語教師ができること、施設に依頼したほうがいいことを、対話で調整する。

また、介護の日本語教育に関わっている人達との定期的、継続的な対話が必要。悩みの相談、実践の共有、社会的問題の解決につながるのではないか。

 

 

質疑応答

Q:介護の日本語はN5、N4レベルで対応ができるか。

野村:EPAは、日本語レベルが受入れ要件となっている。ベトナムでN3合格レベル、インドネシア・フィリピンはN5相当レベル。実質的にN5 レベルはいないのではないかと思われる。1年目の講習で、N3 に届いていない候補者は授業ではやや遅れ気味である。しかし、申し送りの活動は、繰り返し練習する。日本語のレベルがまだ十分ではない候補者も一生懸命がんばっている。グループでの協働学習によって、遅れ気味の候補者の中には次第にレベルが上がっていく候補者もいる。

神村:以前受講した候補者で日本語のレベルが高くなかった候補者は、国家試験への対応が難しかった。しかし、N3 でも合格している人がいる。寄り添う支援が大切である。そして、N4、N5であったとしても、国家試験に合格するという国の枠組みがある限りは、学ぶよりほかはないのではないだろうか。

Q:N3で合格している人は、東京の候補者か。なぜなら、東京や神奈川は、手厚い自治体の支援があり、その他の自治体では知っている限り、支援が見られない。自治体ごとに支援の内容が不均衡なのではないか。

神村:N3で合格した候補者は東京ではない。東京や神奈川の自治体の支援以外では、徳島のある施設では154名のEPA候補者を受け入れ、昨年度は50名を受け入れ、施設で専属の講師を雇用し、予算を設けて、教育をしている。自治体以外に法人で教育を行っている施設もある。

Q:配属された施設によって、受ける教育の内容に格差があると思われる。

神村:国家試験に合格するには、日本語の力、モチベーション、施設の提供できる学習環境の3つの要素がある。そのうちの1つでも欠けていたら、国家試験の合格は難しいだろう。先日のオリエンテーションでは、モチベーションや生活支援に関する意見や質問が多かったので、施設の方の視点も変わってきているのではないか。国家試験の合格ありきではなく、介護人材として、候補者をどのように育成していくかという視点の変化が見られた。

Q:EPA候補者導入から4年を経て、私の知っている施設の中には、3年間の安い労働力を雇用したと認識している施設もある。そういう施設は、今後淘汰されるということだろうか。

神村:現実は様々であろう。法人や事業主の考え方がある。一方、日本社会においては介護人材の不足は避けられない事実がある。それを埋めるためにはどうすればいいかという世論がある。外国人介護人材を大事に育成しなければならないという世論もある。施設の事業主も外国人介護人材の必要性は理解している。法人や事業主が安易な労働力として受け入れていると足元が固まらない。

野村:静岡県の事例として、EPA介護福祉士候補者の受け入れ施設のネットワークとして「ふじのくにEPAネットワーク」がある。静岡県内でEPA候補者を受け入れている全施設が参加し、それに加えて、静岡県介護保険課と大学の教師が参加している。そのネットワークで、候補者を対象に宿泊研修を実施している。ネットワークには全施設が加入しているので、静岡県内の全ての候補者が宿泊研修に参加している。大学の先生からの助言で、社会福祉協議会から助成金を得て、宿泊研修を行ったこともある。ネットワークは、2010年に設立され、現在も継続して活動が行われている。そのネットワークの話し合いの中で、「介護のテキストがなくて困っている」という共通の課題が見られ、静岡県の協力を得て、静岡県発行のやさしい日本語版の介護福祉士国家試験に向けた参考書が作られた。当事者が主体となるネットワークなどの連携は必要ではないだろうか。

 

あっという間に研修の時間がすぎました。「介護のための日本語教育は特別なものではないような気がする」「日本語教師がファシリテイターとしてつなぎ役になれる。職場や環境を変える可能性があるのではないか」「明日からの申し送りに反映する」など、参加者同士で、それぞれの感想や気付きを共有しました。

EPAの理念の掘り下げや理念に支えられ試行錯誤を重ねた実践のご紹介、熱く意見交換をして下さった神村先生、野村先生、どうもありがとうございました。

研修を開催してくださった嶋田先生、どうもありがとうございました。懇親会で - コピー

 

 

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