放送大学は「人財」の宝庫(1)~潜水艦で仕事をするということ~

放送大学の魅力は、実に多様な受講生がいらっしゃるということです。年齢も18才から70代(時には80代の方もいらっしゃいます)、学習目的・背景、今後の抱負もさまざまです。中には、定年後10年も20年も専攻を変えて、在籍し続けている方もいらっしゃいます。

 

渡邊智弘さん2015.9.23

渡邊智弘さん2015.9.23

50人近いクラスですが、私は必ず1時限に受講生全員に「なぜこの授業を取ったのか/何を求めているのか」についてごく短く語ったいただくことにしています。そして、最後の授業(2日間の8時間集中講義)には、「2日間の学び」について共有することにしています。さらに、授業もできるだけ、「対話」を大切にした双方向の講義を心がけてきました。特に放送大学のような多様な「人財」が集うクラスでは、「対話」の積み重ねによって、すばらしい化学反応が生まれてくるのです。

 

2015年第1学期の授業(「多文化共生と日本語教育」)でも、受講生の方々は、それぞれに素晴らしい「気づき」について語ってくださいましたが、その中で、「私は15歳から潜水艦の中で仕事をしてきました。海の中では~~~」と切り出された渡邊智弘さんの「授業の振り返り」には、全員の耳が釘付けになりました。時間的制約から簡単に終えられた渡邊さんのお話に対して、「もっと聞きたかった!」「こういう話は、とても参考になる!」というコメントをいただいたことから、「それでは、私がいつかインタビューをさせていただき、それをアクラスのホームページに載せることにしましょう」と、受講生にお約束したのでした。

 

 

■中学3年生の担任との対話~自立し、自分で考えたい!~

 

お父様が転勤族だった渡邊さんは、中学3年を香川県で迎えます。折しも学生運動盛んな時代で、大学によっては十分に授業も行われていませんでした。「なぜ人は学ぶのだろう?」「自分は何を学びたいのだろう?」と考え、先生と進路について話し合う中で見つけた答えが、自衛隊に入る道でした。中学を出て全寮制で自立できること/高校の勉強も同時にできること/じっくり考える時間が取れること、などがその理由でした。

 

そして、4年間の教育期間を終え配属されたのが潜水艦という職場でしたが、それは渡邊さんが望んでいた道でもありました。それから35年ずっと潜水艦に関わる仕事をし続けてきた渡邊さんは、狭い空間での仕事環境、そこで考えたこと・学んだこと、そして、これからの若者に伝えたいことなど、たっぷり語ってくださいました。

 

 

■海の中で仕事をするということ~閉ざされた空間で学ぶこと~

 

日本の潜水艦は80mぐらいの長さですが、そこで80人ほどの人が仕事をしています。単純に計算すると、1mに1人いることになります。プライベートな空間はありません。しかも、何十日もの間、ほとんどの人は太陽を見ることなく生活しています。

 

自由のない閉塞感漂う中で、チームとしてやっていくためには、そこで働く個々人のコミュニケーション力がとても大切です。相手の立場に立って物を見る力、他者との物理的・心理的距離の取り方等々、人間力と適応力が重要になってきます。

 

「港に入ったら、どうなさるんですか?」という私の質問に、「チームで飲み会をしたり、山に出かけたり、まあ、スポーツをしたり、いろいろですね」と淡々とお答えになりました。閉ざされた空間で過ごす長い日々があるからこそ、陸での生活が貴重なものに見えてくるのかもしれません。自分では決して経験することができない「海でのお仕事」に、ますます想像を膨らませてしまいました。

 

 

■若い人へのメッセージ~しっかり情報を選択し、そして実体験を!~

 

長いこと海での生活と陸での生活を行ったり来たりしながら、仕事をしてきた渡邊さんは、今の若い人に次のようにメッセージを残してくださいました。

 

◆     ◇    ◆

 

私は、今の時代が人類にとって、大転換期にあると感じています。それは、人類が、色んな意味で地球の限界を見てしまったからです。だから、当然、生き方も変わらざるを得ない時に来ています。

そんな中で、2つのことをお話ししたいと思います。まずは、情報が溢れかえっている今の時代には、しっかり情報を選択することが大切だということです。そして、そのためには、情報を選択するフィルターの枠組みが大切だと思います。時間スケールで言えば、今だけを考えるのではなく、「人類の歴史」とか「地球史」といった長いスパンで、空間で言えば、日本だけでなく「世界」、「宇宙」といったより広い視野に立った枠組みを構築していくことが必要だと思います。

 

もう一つは、「疑似体験」ではなく「実体験」を大切にして欲しいということです。日本は豊かで、ある意味能力が高い人が多い。だとしたら、世界には「存在する大きな格差を埋める/底辺を引き上げる」ために、さまざまな能力を発揮する場があり、また、その必要性があると思うのです。日本の中だけではなく、海外に出ていくことで、自分自身の人生を拓き、存分に自分の能力を発揮して欲しいと思います。

 

 

■これからの夢~若い人に「海洋の実態・魅力、そして将来の可能性」を伝えたい!~

 

そこで、渡邊さんが考える「これからの夢」は、若い人を海洋に連れ出し、体験してもらい、そこで考え、そして広い視野で自らの人生、人類の未来を考えてほしいということだと、次のように語ってくださいました。

 

◆     ◇    ◆

 

岸壁で釣りをするのと、100m沖に出て釣りをするのとでは、魚の量も大きさも大きく違ってきます。手漕ぎボートでいいから、ちょっと海に出てほしい。そして、出来れば何日間か海洋生活をしてほしい。そこには、揺れることもなく安定した陸上生活とは違った生活が待っています。足場も安定していない、うねりがあり、天候で急変する環境があります。そうした環境では、人は謙虚になり、瞬間の判断・決断が求められる場面も出てきます。そういう状況では、助け合うことがとても大切になってきます。少しでもそんな経験をしてほしいと思っています。

 

近い将来食糧問題が起こってきます。それを解決するには、やっぱり「海」なんです。大変な量の飼料を使って一頭の牛を育てるのと、マグロの養殖を考えてみてください。海には、たんぱく質の元がいっぱいあるんですから、これを開発することがどれほど貴重なことか。

 

潜水艦では、さまざまな魚の声を聞くことができます。そこで重要な事に気がつきました。魚の声が聞こえると陸岸が近いということです。海洋生物にも食物連鎖がありますが、最終的には陸地の栄養分が魚を養っています。海を知らなければ、地球環境を語ることはできません。地球の3分の2は海です。海を知って地球全体の事を考えて欲しいのです。

 

そうそう、人類は海に出ていくことで、世界がつながっていったんですよね。短い期間でもいい、若い人に海を見て、海で生活して、そして将来を考えられるような環境作りを、これからやっていきたいと思っています。

 

 

♪    ♪    ♪

 

秋晴れが続いた今年のシルバーウィークの1日、放送大学の受講生の方とすてきな対話を愉しむことができました。今回渡邊さんのお話を伺い、たくさん印象的なエピソード、言葉がありましたが、最後におっしゃった次の言葉はとても心に響きました。

 

「海の中にいると、いろいろなことを考えるんですね。『人間が考えてきたことは何か/人類はどこに向かっているのか』といったことを考える時間をたっぷり持てるのは幸せです。『平和、そのためにはどうすればいいのか』、それが私の仕事、そして人生の永遠のテーマです」

One Response

Write a Comment»
  1. 放送大学の授業で少しだけお話が聞けましたが、私ももっと潜水艦のお話を聞いてみたかったです。本当に嶋田先生には、面白い方々を引き付ける引力のような力があるようで、お約束なさったようにお話を聞いてくださってありがとうございます。

    来月の授業も幸運なことに当選いたしましたので、またどんなお話が聞けるのか、楽しみにしています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>