情熱と協働でつながる「トヤマ・ヤポニカ」

今年の日本語教育学会の秋季大会は、富山で行われました。せっかく富山まで出かけるのだったら、ぜひ「トヤマ・ヤポニカ」のメンバーの方々と対話をしたい、と前日お邪魔することにしました。(http://www.japonica.jp/ja/) 

富山空港には日本語教育学会歓迎の横断幕が・・・

富山空港には日本語教育学会歓迎の横断幕が・・・

トヤマ・ヤポニカは、富山県内で働く数名の日本語教師によって1990年に設立されました。それは、「組織力を活かし、自分たちの力で日本語教育の実践現場を創り出そう。協働によって実践の質を高めていこう」という熱い思いからでした。そして日本語教育を仕事として成り立たせようと会社組織としてスタートし、現在に至っています。社会の必要性に応えようと自ら切磋琢磨し、活動範囲を広げ続けてきたところに、この組織の素晴らしさがあります。代表理事の中河和子さんは、ホームページに次のように書いていらっしゃいます。

 

「日本に住む外国人が留学生にとどまらず増加するにつれ、外国人が、生活者として地域における身近な存在となっています。そのため、日本語教育が果たすべき社会的使命もこれまで以上に幅広く、かつ重要なものとなってきました。このような社会の変化を踏まえ、高等教育機関における留学生教育、企業や自治体から依頼される日本語教育、地域の生活者への初期教育などにおいて、効率的な日本語指導の在り方を充実させていくのはもちろんのこと、社会参加する力の育成をめざす広義の日本語教育に対しても模索し、実践の幅を広げてきました。さらに日本人側の人材養成にも力を注ぎ、日本語教師・日本語コーディネーター・ボランティアの養成にも実践を重ねています。」

 

中河代表をはじめスタッフの方々との対話は、地域日本語教室、年少者の日本語教育、介護の日本語教育……と尽きることなく、ランチタイムから夕方まで続きました。ここで、詳しいご報告をと思ったのですが、代表に直接語って頂いたほうが、よりインパクトがあると考え、ここに中河代表との<対談>の形で再現してお伝え致します。

 

♪   ♪   ♪

 

<対談>

 

シマ:中河さん、きょうはどうぞよろしくお願いします。

「トヤマ・ヤポニカ』代表中河さんと

「トヤマ・ヤポニカ』代表中河さんと

 

ナカ:ありがとうございます。嶋田さんが富山という地方都市で奮闘する私たちの活動を評価してくださったこと、お礼申し上げます。アクラスの場をお借りして、日本語教育の理想の実現に向けて(熱い言い方ですみません)、富山でどのように取り組んでいるのかをご紹介させていただきます。

 

シマ:トヤマ・ヤポニカを設立されたきっかけは、何ですか。

 

ナカ:ご紹介のように、トヤマ・ヤポニカは、数名の教師によって、地方でもよりよい日本語教育を行いたいという、いわば情熱から設立しました。1990年のことです。良質な教師の確保には、経済的な保証が必要です。そのため、プロの日本語教師集団として会社法人化してスタートしました。現在13名のスタッフが働いています。

 

同時にいつも社会の状況にも目を向けていたように思います。80~90年代以降、日本人の配偶者や実習生などのいわゆる「生活者」が増加するとともに、日本語教育の現場が多様なものになってきました。しかし、その担い手の多くを高学歴の主婦を中心とするボランティアに依存しているのが現状でした。日本語教育が社会的に必要とされるようになったのであれば、専門職として対価を得て行うべきで、ボランティアが余剰労働力として安価に使われているという構造を何とか変えたいと思ってきました。その気持ちが「トヤマ・ヤポニカ」という組織を成長させてきた原動力の一つになっていると思っています。

 

シマ:日本語教育の構造を変えようと奮闘されているわけですね。では、具体的にトヤマ・ヤポニカは富山県でどんな活動をなさっているのか、教えてください。

 

ナカ:構造を変えようというのは、ちょっと大げさな言い方かなあ…。照れますね。でも日本語教育を取り巻く状況が、少しでも良い方向に向かっていけばと強く思っているのは確かですね。

 

トヤマ・ヤポニカは、次の4本を事業の柱としています。生業としては、やはり留学生教育など学校機関での日本語教育が主ですが。

 

①   学習者の背景に対応し、学習者の適性を考慮した効果的な日本語教育

②   多文化共生社会を推進する地域日本語支援活動のコーディネート

③   日本語教師・日本語コーディネーター、日本語支援ボランティアの養成

④   日本語教育に関する研究活動

 

『しゃべらんまいけ』

『しゃべらんまいけ』

トヤマ・ヤポニカは、このように多様な現場で教育実践を行ってきました。その中から、近年のもののみ、簡単にご紹介します。

 

一番長くしているのは留学生教育です。通常の初級~超級の教育の他に、近年取り組んでいるのは、大学院から依頼された論文作成指導プログラムです。これは経済学研究科の専門教員といい協働関係を構築しながらやっているのが特徴だと思っています。また、理科系大学の日本語プログラムにおけるエンパワメント評価研究などに取り組んできました。これらは、ヤポニカのこれまでの蓄積の上に立ちつつも、さらに新たな工夫が求められるものでした。

 

また地域日本語教育においては、ボランティア教室での対話中心活動および初期指導のありかたを探るなど、コーディネーターとして関わってきました。そして、人材育成では、地域日本語教育にも貢献できる日本語教師、日本語コーディネーター、対話力のあるボランティアの養成(OJTを含む)にも力を注いでいます。

 

これらの実践はいずれも私たち日本語教師としての自己成長を促す刺激的なプログラムとなっています。

 

シマ:なかなか面白そうな実践の数々ですね。それらの実践と研究とを両立させていると伺っていますが。

 

ナカ:はい、ヤポニカは財政的に決して豊かというわけではありませんが、研究を奨励し、物心両面でスタッフを支援しています。エンパワメント評価研究、人材養成、漢字教育、年少者教育など、スタッフはほとんど自身のテーマを持っています。ヤポニカの強みは多様な実践の場を持っていることです。それら実践を基に研究を重ねていく姿勢は、いずれの場合においても教師には必要であると思っています。

 

シマ:地域の人材養成ではどんな活動をしていらっしゃいますか。

 

ナカ:この図は、よくご存知かもしれませんが、平成19年度文化庁日本語教育研究委嘱「外国人に対する実践的な日本語教育研究開発」第1章で提唱された図がベースです。その図を、私が共同執筆者に入った『地域日本語ボランティア講座開催のためのガイドブック』で、今の地域状況に合わせて、少し改変させてもらいました。このシステムの中心にあるのが、生活者外国人と生活者日本人の「対話」による「協働の場」としての地域日本語教室です。

 

これに相当する教室が富山県内には4か所あります。この教室の立ち上げは、(公財)とやま国際センター(以下、TIC)が企画し、ヤポニカは、コーディネーターとしてボランティアさんと1年間がっぷり一緒に活動しました。教室が立ち上がってから現在までは、TICの財政的支援を受けて、アドバイザーとして、各教室に派遣されています。OJTによる対話力および活動の質の向上、教室リーダーの養成、メンバーシップ作り、教室運営に関する助言などボランティアさんに寄り添いながら、教室の成長を助けているつもりです。街中にある富山城

 

また、新ボランティアの養成も長年行っています。トヤマ・ヤポニカは各自治体からの依頼で1997年より、ボランティア養成講座を行ってきました。が、2003年からは、明確に相互学習型、対話型の教室の担い手の育成を目指すという方針に転換し、現在に至っています。ボランティアさんの多くは、たくさんの役割を担わされ、教室の運営に疲れています。行政や専門家はボランティアを支える役割もあるはずです。TIC主催のボランティア養成講座の受講生がボランティア教室に新たに参加する、あるいは既に活動しているボランティアの再研修の場となる、という循環ができています。要するに講座が、疲弊しがちなボランティア活動を支え、質を保証し、さらに貴重な人材発掘の場になっているのです。

 

シマ:なるほど。富山では、ボランティアと地域日本語教育の専門家、行政がうまく関わり合っているようですね。

 

ナカ:そうですね。日本語教育のシステムを構築し、機能させていくためには、システムに関わるステイクホルダ―が各所で協働していくことが重要なポイントだと思います。以上ご紹介してきたことは、協働の一端です。

 

特に行政やその関連機関との連携においては、長い時間をかけて信頼関係を築いてきました。地域をよく知る日本語教育専門家集団として、それらの機関に対し地域の外国人問題を解決するための事業を提案し、より現実に即した支援の具体案をともに考えてきました。

 

そんな中で、地域の外国人が増えるに従って、初期指導教室の必要性にも気づいてくださり、2008年より専門家(ヤポニカ)による県初期指導教室が開催されました。また、識字教育の理念を入れた「YOMIKAKI広場」の開催、地域の日本語教室に自らは来られないパキスタンコミュニティのイスラム教徒の女性に対する出前日本語教室など、さまざまな富山県らしい事業を、富山県国際・日本海政策課やTICとともに実施できたと思います。正直なところ、時間数に関しては不十分なものではありますが、歴代の職員の方々のご努力により、予算確保が難しい中で多くの事業が現在まで継続しています。このような、いわば「言語保障」に近づく事業を継続的に行っているところは全国的にみても少なく、先進的なものであると思っています。行政や関連機関と日本語教育専門家との連携は、お互いの知見を高め、成長に結びついているのではないでしょうか。

 

シマ:留学生教育、地域日本語教育、人材養成、行政との連携等々、いずれにおいても共生社会の実現に向けて奮闘されているトヤマ・ヤポニカの姿が見えた気がしました。私たちにとって問題は山積していますが、元気もいただけた気がします。どうもありがとうございました。

 

ナカ:こちらこそ、嶋田さんとの熱い?4時間の語らい、とても楽しく有意義だったとスタッフ一同感謝しています。どうもありがとうございました。

 →※「トヤマ・ヤポニカ」より、「よりよく理解していただくために、一部加筆してお伝えしたい」というご連絡があり、2014.12.4に一部加筆致しました。

 

*参考文献

・社団法人日本語教育学会(2008)『平成19年度文化庁日本語教育調査研究委嘱「外国人に対する実践的な日本語教育の研究開発」』

・公益社団法人日本語教育学会(2014)『地域日本語ボランティア講座開催のためのガイドブック』「トヤマ・ヤポニカ」スタッフの皆さんと2014.10.10

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