12月アクラス研修<著者との対話(西原純子さん)>のご報告

お話をなさる西原純子さん

お話をなさる西原純子さん

12月のアクラス研修は、京都日本語学校校長の西原純子さんによる<著者との対話>でした。西原さんは『日本文化を読む』シリーズの中から<初・中級学習者向け>を取り上げて、ご自分の言語教育観について熱く語ってくださいました。今回の報告者は渡辺奈緒子さんです。

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12月アクラス研修の報告         報告者: 渡辺奈緒子(日本語教師)

12月4日(水)に行われたアクラス研修は、京都から西原純子先生(公益財団法人 京都日本語教育センター 京都日本語学校長)をお招きして、『日本文化を読む-初・中級学習者向け』に込められた思いをお聞きしました。

■文法とは、その民族が物事をどう捉えるかという発想の原点であり、「文化」である。

教科書のお話に入る前に、西原先生から「日本語教育は、文型を積み上げるのに一所懸命になっているが、文法の本質は欠落している」というご指摘がありました。つまり、文型という「型」に注目してばかりで、その基盤にある日本語の構造、それぞれの文法の機能性を十分に理解する機会が与えられていないというお話でした。

そして、西原先生はこんなことをおっしゃいました。

「文法というのは、単なる形式ではなく、その民族が言語をどう括っていくのか、どんなものの考え方・捉え方をするのかという発想の原点であり、その民族の最大の文化である。」

「文法とは、文化である。」という言葉にはっとさせられ、西原先生の力強い語りに惹き込まれていきました。

『日本文化を読むー初・中級学習者向け』

『日本文化を読むー初・中級学習者向け』

■上質な文章にふれる

つづいて、どのような読解教材を目指されたのかというお話がありました。これまでの読解教材は、学習者のために書かれた文章、またはリライトされた文章が用いられることが多く、文型・語彙の練習用、またはテスト対策の色が濃いものでした。学習者からも「内容がつまらない」と意見が多かったといいます。そこで、内容の面白い上質な文章を集め、「読み」を通して日本文化を味わってもらえるような読み教材を作ろうとなさったそうです。

この教科書の最大の特徴は、母語話者が読み、感動を覚える優れた作品が「そのまま」用いられていることにあります。リライトなどの加工は行わず、上質な文章を生で読むことが大切にされています。選ばれた文章を見ても、大江健三郎、村上春樹、田辺聖子、向田邦子、江国香織など、著名作家の作品がずらり。そして、いずれのレベルにおいても、成人学習者の知的好奇心を十分に満足させる、「文の構造は単純でも、内容は大人」な文章が選ばれています。教科書というより、名作を集めた作品集でもあります。

■到達目標が先

『日本文化を読む』シリーズは、到達目標を「上級レベル」として設定し、逆算的に中級、初級レベルを特定していくという流れで作られたそうです。日本語学校の留学ビザは2年間なので、2年間の「読み」の到達目標を「SEF-R C2」レベルに据え、まず「上級編」が作られました。そこから、量、文体ともに、やや難易度を低くした「中級編」が作られ、「初中級編」へと続きます。

■初中級編は「文法」に焦点をあてる。

初中級編は、文法で章が構成されています。日本語の文法に見られる独特な文法事項を取り出し、それらの文法事項が生き生きと使われている文章を読むことで、その文法の機能性を深く理解することが目指されています。具体的には、以下の項目が取り上げられています。

  ●第一章   日本語は名詞がポイント 

西原さんのお話を真剣に聞いている参加者の皆さん

西原さんのお話を真剣に聞いている参加者の皆さん

日本語は名詞だけで成立するのだということを、「春はあけぼの」、田辺聖子の「おせい&カモカ」、阪田寛夫の「練習問題」の例で見ていきました。

・「春はあけぼの」→「~がどうした」という部分は言わないのが日本語の特徴。

・「上品な人が、その上品さを自分で知っているのは下品である。」(おせい&カモカ)→「内容は大人」だが、「NはN」という文がわかれば読める。

  ●第二章   日本語の時制

向田邦子の「若々しい女について」の「(鏡に映る自分を見て)あ、老けた」という文を例に、「た形」は何を表すのかということについて考えました。気づいた瞬間に「た」が使われる例として、遠くからやってくるバスが見えたときの「バスが来た!」についても話しました。

  ●第三章   アスペクト 動作の流れは動きの連続

「落―いのちのみな者になる落ち葉」という作品を例に、「~ている」が表す事柄について考えました。動きを「静止しているものの連続」として捉える日本語の特性が、日本のアニメの基盤になっているというお話もありました。

  ●第四章   文末の機能性 日本語のコミュニケーションは文末で完成

日本語は、相手の反応を見ながら、文末でYes・Noも断定の度合いも調整できる言語、つまり「相手中心の言語」なのだということを話しました。

  ●第五章   希望・願望表現 強い願望は祈りの言葉

質問をする参加者

質問をする参加者

 

「雨よ降れ」、「早くこいこいお正月」のように、「日本語の命令形は祈りの言葉」であることを、俵万智の短歌、関白宣言(さだまさし)の歌詞を例に見ていきました。また否定の願望を表す表現として「~ないほうがいい」をくり返し使う「天井の高さ」(長田弘)という作品を読みました。

・「また電話しろよ」「待ってろ」 いつもいつも命令形で愛を言う君

・「めしはうまく作れ いつもきれいでいろ」→命令形が愛情表現になっている。

・「何もなくていい。何もないほうがいい。」

  ●第六章   人為とその結果 「する」は人のやること、「なる」その結果

日本語は「なる」を重要視する言語であることを見ていきました。それは、誰がしたかを追求しない日本の集団の文化にも関係があるというお話もありました。

・「旅をした。大人になった。」

・「壊れたと壊したは違う」(向田邦子)

  ●第七章   「する」ほうと「される」ほう

日本語において、受身形はなぜ大切なのか、それは日本語が受けての立場を重要視する言語・文化だからだというお話がありました。

  ●第八章   オノマトペ

「吾輩は猫である」などを例に、日本語がオノマトペでいかに豊かな表現をしているかを見ていきました。ドイツ語のように、「にやにや笑う」と「ゲラゲラ笑う」を別の動詞で表す言語もあるのに対して、日本語は「笑う」という動詞は変えずに、オノマトペで表現していくという話をしました。

■文法は「ものの考え方」の表象であり、文化である。

一章ごとに見ていく中で、それぞれの文法項目には、日本の文化、ものの考え方が深く反映されているということを、確かに感じることができました。冒頭に西原先生がおっしゃった「文法は、文化である。」という言葉の意味を、研修に参加したわたしたちも、いい文章を通して味わうことができました。日本語、日本文化の世界に深く入っていける、素晴らしい教科書だと感じました。

懇親会で

懇親会で

 

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