4月アクラス研修の報告レポート(「学習者の心に火をつける教え方を目指して」(迫田久美子))

4月のアクラス研修は迫田久美子さんによる「学習者の心に火をつける教え方を目指して」でした。参加者に共通の思いは、「自分の授業を振り返りたい」「もっと学習者が積極的に学びたくなるような授業をしたい」ということでした。迫田さんの工夫いっぱいの2時間は、あっと言う間。これこそが参加者が求めていた授業の姿でした。今回の報告レポートは、佐久間みのりさん(横浜デザイン学院)です。どうぞご覧ください。

 

研修のお知らせ  ➡ http://www.acras.jp/?p=6473

  研修当日に使用したパワーポイント ➡ 

アクラス研修用「学習者の心に火をつける教え方を目指して」

 

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報告レポート:学習者の心に火をつける教え方を目指して—第二言語習得研究と日本語指導の接点—

          迫田久美子先生  広島大学(特任教授)国立国語研究所(客員教授)

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                      報告者:佐久間みのり(横浜デザイン学院)

 

まず、参加者の顔を覚える迫田先生。この理由は研修の最後に明かされます。

嶋田先生からも、授業の時は1時間目が終わるまでに学生の顔を全員覚える、

それだけで教室がずいぶん変わる、とのコメントが。

今回の研修のタイトル「学習者のやる気に火をつける」というタイトルに関して、あえて参加者を引きつけるようなキャッチーなタイトルを付けたが、研修が終わった後、どうしてこのタイトルに惹かれたか、もう一度考えてほしい、という迫田先生。

 

講師の迫田久美子さん

講師の迫田久美子さん

参加者は日本語学校教師、大学教授、ボランティアなど様々でしたが、中にはこの研修のために大阪・浜松から来たという方もいらっしゃいました。

イギリスの教育哲学者WilliamA.Wordの

「普通の教師は 言わなければならないことを喋る。

 良い教師は わかりやすいように解説する。

 優れた教師は 自らやってみせる。

 本当に偉大な教師というのは 生徒の心に火をつける」

という言葉を、参加者全員で音読して、研修がスタートしました。

どんなに教師が間違えないように教えても、学習者は絶対に間違える。大切なのは、学習者をよく見ること、学習者を知ること、学習者の立場で考えること、このポイントがやる気を引き出すビタミンになっている、と迫田先生はおっしゃいました。ではそれは具体的にどういうことなのでしょうか。

 

はじめに、学習者の誤用例から、本当は何を言おうとしたか、参加者全員で考えました。

(1)先生、びっくり話してください。

これはすぐに正解が出ました。「びっくり」じゃなくて「ゆっくり」の間違いです。

(2)中国は大きいナベが有名です。

これはなかなか正解が出ませんでしたが、正解は「ナベ」→「カベ」。万里の長城と言いたかった誤用です。

(3)姉はニコいます。

これも難問。「二人」の間違い?「日光」にいます?などの声が上がりましたが、正解はtwo children、「二人子ども」がいます。

 

この3つの例で改めて参加者は学習者が何を言いたかったのか、そしてどうして間違えてしまったのか考えました。こんな間違いをする学習者がいたな・いそうだなと、自分が教えた学生を思い浮かべる方もいたのではないでしょうか。

 

これらの誤用について迫田先生は「誤用は宝物である」とおっしゃっていました。なぜかというと

教師にとって、学習者がわかっていることとわかっていないことがわかる

研究者にとって、習得過程の解明につながる

そして、学習者にとって、自分のルールを試している、誤用は習得が進んでいる証拠

であるから。この中で一番大切な視点は「学習者にとって誤用は大切である」ということでした。

 

例えば、「頭が痛くて休んだ」のように、文を接続する時に「〜て」は便利だから多く使うのは学習者のストラテジー(工夫)である。

真剣にメモを取る参加者

真剣にメモを取る参加者

そのため、「頭が痛くて病院へ行きたい」のような誤用が生まれる。

 

また、誤用から学習者の国籍を当てるクイズ。

 

(4)お金がない、から車を買いました。

(5)新しい生活は平安なりました。

 

(4)は英語話者の誤用でbecause=から、だから、と認識しているために起こった誤用、(5)は中国語話者の漢字語彙の影響によるものでした。

学習者の母語の影響も誤用には大きくかかわってくる一方で、

 

(6)昼食の寿司は少し高いだった。しかし楽しいだった。

 

これは、同じ形式を多用してしまう傾向で、母語に関係なく現れるものです。これは学習者が自分が使いやすいものを選んでいるということで、初級教科書にある接続表現15種類のうち、学習者が実際に使うのは6種類くらい、という調査結果もあるそうです。

 

(11)食堂でご飯を食べに行きます。

(14)たばこ屋の前に会うように言ってください。

 

学習者は言葉をチャンク(かたまり)で覚える傾向があります。学習者の中では「場所・地名+で」「位置+に」というルールができているようで、そのために起こる誤用です。

 

「話すできない」のような誤用は、学習者が日本語の動詞などの活用や複雑な表現を使わないで、その機能を代用する表現をマーカーとして利用するため起こるものです。この誤用、聞き取りテストでこれらの表現が間違いかどうか判断するテストをしたところ、中級レベルでも正答率が低く、正しいと判断してしまうそうです。ただ、初中級以上は見れば間違いだと気付くそうです。

 

なぜ、学習者がこのような間違いをしてしまうのか。それは、人間の注意や記憶の能力には限界があり、2つのことを同時に処理するのは難しいからで、認知能力が影響していると話す迫田先生。例えば私たちも「あいうえお」と言いながら「かきくけこ」と書く(つまり2つのことを同時に処理する)のは難しくてなかなかできません。でも慣れてくるとできるようになります。これが第2言語習得でも起きているということでした。

 

次に「学習者の立場に立つ」という視点から、学習者が教師に求める条件についてのお話がありました。

コーヒーブレイク

コーヒーブレイク

1.標準的な日本語

2.学習者の母語能力

3.修士号

4.相談相手

5.論文発表

6.幅広い知識

7.学習者の専門の知識

8.長い経験

9.楽しい授業

10.柔軟性

 

これは公益社団法人国際日本語普及協会(AJALT)が1987年に行った調査なのですが、以上の10項目のうち、学習者が一番求めていると答えた条件はどれでしょう、という問いかけがありました。参加者の多くは9や6ではないかと考えていたのですが、正解は10の柔軟性。これには考えさせられるという参加者の声もあり、迫田先生も「柔軟性が1位ということをよく考えてほしい」と、つまりは学習者のしたいことをしてほしいということだとおっしゃっていました。

 

一方で、日本企業が社員に求める能力はコミュニケーション能力です。これはつまり、上司がやってほしいことをやってくれるということです。日本人の考えるコミュニケーション能力とは、主張ができる事や報告・連絡・相談(ホウレンソウ)ができることももちろんですが、結局は相手の立場に合わせて話ができるということなのです。同僚に「お酒が飲める?」と聞いたらそれは「飲みに行かない?」という意味で、こういうことは文法だけでは教えられません。

 

ここで休憩。迫田先生の地元・広島のお菓子をはじめ、先生や参加者の方々からいただいた全国のお菓子がそろった豪華なティータイムでした。

 

後半はコミュニケーションへつなぐ日本語指導というテーマで、迫田先生の話は「わかる」と「できる」の違いについてから始まりました。

 

「赤いのネクタイ」や「むずかしいの漢字」のように、中国の学習者には「の」の過剰使用が目立ちますが、テストをすればこれらが間違いであるということは十分理解しています。私たち日本人が「は」と「が」の違いを説明できなくても、考えずに「は」と「が」の助詞の穴埋めができ、一方で英語の「a」と「the」を入れるテストのときは考えるということと同じです。

「わかる」というのは時間をかけるとできることで、「できる」とは時間をかけなくてもできることです。つまり「できる」ようになるためにはすぐに反応すること(自動化)が大切なのだと話す迫田先生。

 

では「わかる」を「できる」に変えるためには、どんな活動が必要なのでしょうか。

全員立ち上がってワーク開始。狭い部屋ですが、みんなで工夫して……

全員立ち上がってワーク開始。狭い部屋ですが、みんなで工夫して……

英語で、How are you today?と聞かれて私たちがすぐに返事ができるのは何回もこの会話練習をしたからで、英語で「今の日本経済はどうなっている?」と聞かれたら答えられません。繰り返し練習の量を増やすことで「考えなくてもできること」が増えていきます。

 

また、学習者にとって難しい「は」と「が」も、「〜が好き」の「が」は皆ほとんど間違えません。これは学習者が自分自身でよく使う表現だからです。教科書の練習ではなく、使っている表現が現実的によくできるようになるということです。

 

コップを持って「これは何ですか?」というのはコミュニケーションではありません。分かっているものを聞くときは言外の意味があります。迫田先生は実際に授業でこんにゃくを袋に入れて持っていき、「これは何ですか?」と聞いたそうです。聞き手と話し手に情報の差があると、コミュニカティブな活動ができるようになります。

 

ここでタスク。窪田富雄さんの「日本人の話し方の論理」『敬語教育の基本問題 上』国立国語研究所、に出てくる日本人の話し方の7つの特徴についての論理のうち、1つの論理を書いた紙が参加者にばらばらに配られました。参加者は自分以外の特徴の論理を持っている人から、口頭のやりとりのみで情報を聞き出す、というタスクです。情報の差がコミュニケーションを生む、ということを実感でき、且つ論理を知って勉強になるタスクでした。このように、情報差からコミュニケーションが生まれ、学びのある活動を授業でもしていかなければならないと感じました。

 

迫田先生も、教室での練習ではなく、日本語教師ではない一般の日本人と話すようなタスクでは、きっと学習者はドキドキする。「日本人と話した」という自分の実感を感じられる場面を作ってみるといい、とおっしゃっていました。例えば電話での場所確認、電話で上映時間や営業時間を聞く、名刺交換、ロールプレイ、メッセージや情報の伝達、といったように聞き手から反応がかえってくるようなタスクがいいそうです。

 

他にも、例えば「やかんはお湯を沸かす時に使うものです」という言葉には意味がありませんが、イチゴ用スプーンを見せてこれはイチゴを食べるときに使うものです、という言葉には意味があります。その言語使用に意味があるか、有意味性(必然性)を考え、「ごっこ」ではなく、その表現が適切な意味を持つ場面で使われるようにすること、そしてできるだけ現実の場面に近い状況を心がけることが重要だとおっしゃっていました。相手本意の考え方で授業をするというのは、こういうことなんですね。これらのアイディアは授業にすぐ取り入れてみたいと皆感じたのではないでしょうか。例えば、「漢字たまご」にも実生活の場面を重視した漢字学習の視点が取り入れられています。

 

最後に自動化に効果が期待されるシャドーイングについてのお話。シャドーイングは音読や書写よりも効果があるということが調査など

懇親会で

懇親会で

からわかっているが、必ず教師が見てみてやることが大切ということです。ただ繰り返すだけの練習や先生の言う通りのリピートではダメで、彼らが面白いと思うことを正しく正確に話す練習に意味があると迫田先生はおっしゃっていました。またシャドーイングは効果があるか?という質問が多いが、

効果:効果があるないではなく、何のためにするか明確にする

無理させない:嫌がる学習者にはやらせない

フィードバッグ:ほめることを毎回一つ多く(2つほめて1つ注意、のように)

ということに気をつけてやってみるとよい、ということでした。

最後に迫田先生は、

学習者一人一人に気を配った指導を行うことが重要であり、学習者の学びの過程を理解し一人一人を知ることに貢献することが、火をつけるために重要なことだとおっしゃいました。そして、「好奇心」これこそが学習というロウソクの芯になっている、とおっしゃいました。

 

参加者からの感想は

 

一番心に響いたのは誤用は宝という言葉。

アメリカでは学習者中心だった、楽しくなおかつ実際の場面においてオーセンティックなことをするのが重要だとわかった。

こんにゃく袋の話を聞いて、好奇心が大事だとわかった。

自分がどうやって教えるかということばかり考えて、学習者のことを忘れていた。

学習者が間違えたら、どうして間違えたのかを追求することが大切だとわかった。

誤用が大切であるということを頭において、学習者と向き合っていきたい。

シャドーイングがいかに重要かわかった。

学習者にとって必然性があること、災害伝言板を使う練習をしている。

先生の授業は長い、と言われることがあり、心をつかんでないんだと分かった。

2時間で色々なアイディアをもらった、いろんなスプーンを買おうと思った。

ディクテーションの誤用を集めていきたい。

分かるとできるの違いを知った、コミュニカティブなタスクにばかり時間をかけていて、具体的な練習が足りなかった。

学習者が教師に求める条件で修士論文と研究は低かったことが印象的。

学校側がどれだけ柔軟にしてくれるかも重要。

先生の話を聞いてどんなタイミングで声を掛けるかがキモなんだと実感した。

私が先生に火をつけてもらった。

誤用は英語ではやっていたのに日本語教育はネイティブというおごりがあったのではないかと思う。

学習者に作文や自分の言葉で書かせようとすとき苦労していたが、学習者の立場に立った授業をしていなかったからではないかと思った。

教師に求められていることが楽しい授業より柔軟性と知って認識を改めた。

などの声が上がりました。

 

感想を聞いた後、迫田先生から、こんな話がありました。

この講義の前、人の名前を覚えようとしたのはなぜか。集中講義でも学生の名前を覚えることにしている。一人ひとりの名前を覚える努力をすることで、大切にしているということが伝われば良い、そして自分が楽しむということ(くいつくかな?うけるかな?)と考えないと、学習者も乗ってこない。どんなにしんどくても教室に入る前はよし!と思って入る。自分が楽しむために、一緒に楽しむために授業をすると良い授業になるはず。最後に、今日の研修は楽しかった!

 

まさに、私たちの心に火をつける研修でした。

 

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