シンポ「ことばに対する能動的態度を育てる取り組み」に参加して(2017.2.5)

2月5日、「ことばに対する能動的態度を育てる取り組み~初等中等教育における英語教育の発展のために―」という公開シンポジウムが行われました。主宰は、「日本語学術会議 言語・文学委員会 文化の邂逅と言語分科会」です。2016年11月に出された「提言書」を読んでいた私は、どうしても参加してお話を伺いたいと思いました。

提言→ http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-23-t236.pdf

 

提言表紙英語教育とありますが、日本語教育にも大いに関係があることであり、また<外国語教育・日本語教育・国語教育の連携>という観点からも、聞いておきたいと考えました。実は、2015年8月に実施した「第10回OPI国際シンポジウム」の全体テーマは、「多様なつながりとOPIの可能性」であり、以下のような2つの基調講演を企画しました。

 

「『ことば』という視点―母語教育と外国語教育をつなぐために」

       大津由紀雄(明海大学教授、慶應大学名誉教授)

「グローバル時代の言語教育―つながる教育、社会、そして、人」

            當作靖彦(カリフォルニア大学サンディエゴ校教授)

 

あれから1年半、「母語教育と外国語教育のつながり」は生まれていませんが、だからこそ「これから何ができるのか。何をすべきなのか」を考えたいと思い出かけました。

 

 

■提言① 非母語としての英語という視点の共有(パネリスト:大津由紀雄)

 

大部分の児童・生徒の母語である日本語を活用することが重要であり、母語・母文化との比較によってさらに英語への関心も高まり、ことばへの気づきが生まれることが強調されました。「外国語 vs 母語・狭義の第二言語」という視点で外国語を考えた場合、接触の量(時間)、接触の質(状況)、切迫性、そして母語の存在ということが挙げられますが、その点からも生徒・児童の母語の活用は重要になってきます。すなわち、外国語教育単体で考えるのではなく、母語とあわせて言語教育として捉えることが大切なのです。

 

視野を広げること、さらには、外国語教育、国語教育、日本語教育との連携の重要性が語られました。この点に関しては、これまでも何度も話題になってはいるものの、「では、いったいどのように?」というところで止まってしまっています。また、実際に協働は始まっていない状況です。今後の他領域との連携が望まれます。

 

■提言② 英語でおこなうことを基本としない英語教育への変更(パネリスト:鳥飼玖美子)

 

まず「英語で英語を教えることの問題点」が取り上げられました。

・英語で授業することが目的化してしまっている。

・生徒が自信をなくしてしまう。

・内容が薄くなり、生徒の興味を喚起できない。

・英語を「ことば」として分析する機会を奪ってしまっている。

・ことばが社会文化的コンテキストの中で、どのようにコミュニケーションに使われるかについて考える機会を失っている。

・外国語を単なる道具とみなしてしまう。

 

その改善策としては、1.母語を活用する、2.読むことが出発点、3.ことばとして分析的に学ぶ、4.英語だけを使ってする英語教育研修のあり方を見直す、以上4点が挙げられました。

 

鳥飼氏からは、「次の学習指導要領にCEFRが何度も出てくるが、複言語・複文化主義といった理念が入っていない。Can-doや5技能ばかり言及している。もし理念をしっかり踏まえていれば、『英語だけの授業。母語を使わない』といった主張にはならないはずである」といった内容の発言がありました。私は、やり取りを聞きながら、2004年に『CEFR』の翻訳本が出て以来、ブームのように日本語教育に取り入れられたCan-do信仰のことを思い出していました。

 

 

■提言③ 文字の活用、書きことばの活用(パネリスト:伊藤たかね)

 

もし「話す・聞く」を重視し、文字は教えない、教えてはいけないというやり方を取るとすれば、たとえば、英語=15母音、日本語=52.5の1ページ目母音であるのに、カタカナで英語を学ぶことにより、適切ではない英語を覚えることになると、警鐘が鳴らされました。

もちろん文科省では、文字学習を禁止しているわけではないのですが、「現場では文字は見せてはいけない、教えてはいけない、と思い込んでいる先生方が多い」という指摘がコメンテーターからも出てきました。

 

「聞く話」においても、基礎的な知識は必要であり、音のみでは問題があるのは当然です。しかし、現場ではいくつもの誤解が生まれ、先生方が疲弊しているのが現状です。伊藤氏は、文字・書きことばの活用の重要性について、次のようにまとめました。

・日本語の枠にはめこむのではない理解を進める。

・日本語との比較によって英語の特質を知る。

・英語を知ることで、日本語の特質が分かる。

・ことばのしくみへの興味を引き出す。

 

 

■文科省の指導要領に対する「誤解」は、なぜ生まれるのか?

 

今回、パネリストやコメンテーターのお話を伺い、また、会場からの率直な意見を聞くことで、いかに現場で「誤解」が生まれているかということを知ることができました。

 

1)「英語だけで授業を」とは言っていない!

英語教育の専門家ではなくクラス担任が「すべて英語で、英語の授業を」ということから、現場では、大きな混乱が生まれています。そ2.5の2ページ目れは、文科省の方のご説明によると、「いいえ。それは誤解です」ということで、会場には「えっ?」という声があがりました。

 

2)学習指導要領には「英語」ではなく「外国語」として記載されている!

会場から「新しい学習指導要領ではぜひ『英語学習』ではなく、他の外国語も学習対象として考え、『外国語学習』としてもらいたい」という要望が出ました。それに対して、文科省の方からは、「現在も『外国語』という項目になっているのですが…」という答えが返ってきました。http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/syo/

 

こうした誤解が生まれるのは、もちろん受け取る側にも問題があると思います。しかし、そもそも分かりにくい、多くの誤解が生まれるような書き方は、止めてほしいと思います。鳥飼氏は、2016年12月に出た中教審報告を例にあげていました。

 

  中学校で学んだことを実際のコミュニケーションにおいて運用する力を十分に身に

  付けていないといった課題のある生徒も含めた高校生の多様性を踏まえ、外国語で

  授業を行うことを基本とすることが可能な科目を見直す必要がある。

         

これでは、何を言っているのか分からない、また「基本とする」と書かれていたら、やはり現場の教師は、それに従ってしまうのは当然ではないかという意見もありました。

 

※「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について」(答申)

平成28年12月21日 中央教育審議会

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/__icsFiles/afieldfile/2017/01/10/1380902_0.pdf

 

 

 

■パネリストおよび会場からの意見より

 

4時間続いたシンポジウムでは、たくさんの貴重な発言があり、とても書き切れませんが、いくつか挙げておきたいと思います。

 

◎文科省が改革をする際には、もっと現場のことを考えてほしい。現場はすでに疲弊している。さまざまな指導で、右往左往しているのが現場である。「口を出さずに、金を出してほしい」と言いたい。

 

◎教員養成・教職課程のあり方を見直す必要がある。小学校で教科として英語を教えるなら、専門に教える教員の養成を早急にするべきであり、免許制度も考えなければならない。

 

◎「子どもには、英語の文字学習は難しい」といった思い込みを捨ててほしい。もっと子どもの知性・可能性を信じてほしい。

 

◎教師研修で見せるモデル授業は、「すごい授業!上手な授業だ!」というものではなく、学習者が満足できる授業にすべきだが、今の教員研修はそうなっていないのではないか。

 

◎うまく伝達しないと、「『英語で英語を教えるのは良くない』ということは、昔の文法中心に戻るのか」という短絡的な考えも生まれる恐れがある。これ以上「誤解」が生まれることがないようにしてほしい。

 

◎今のようなやり方で初等英語をやっていては、どんどん英語嫌いを作ってしまうことになる。小学英語こそ重要であり、教員養成に力を入れてほしい。

 

 

これは、英語教育の問題だけではなく、日本語教育・国語教育に携わる人々が一緒になって、「日本の言語教育はどうあるべきなのか・どうすべきなのか」について話し合い、ともに行動することが重要なのではないでしょうか。対症療法ではなく、抜本的な改革に一刻も早く取り組んでほしいものです。子どもにとって、「今」という時は、もう二度と戻ってこない大切な時であることを忘れてはならないと思います。そして、一人一人が自分の問題として、考え行動していくことが重要ではないでしょうか。

2 Responses

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  1. 先生、ありがとうございます。私も必死にメモをとりながらきいていましたが、聞き落としたところも多々あり、助かります。
    ハイレベルの密度の濃い内容でしたが、このまとめを参考にしてまた日々の活動に生かしていけたらと思っています。北川さんという、エネルギッシュな方とも、引き合わせていただき、嬉しく思います。沢山経験されているようですので、また色々情報交換させていただきたいと願っています。

    1. 杉原さん、コメントをありがとうございました。本当に内容の濃いシンポでした。遠くから出ていらした甲斐がありましたね。これから「日本における言語教育の課題」について、いろいろ考えていきたいと思います。

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