6月は、通常のアクラス研修に加え、「『視覚障がいを持つ学習者』に対する日本語教育を考える」というテーマの特別研修を実施しました。それは、東京のある日本語学校に4月にネパール出身の全盲の学習者が入学したことがきっかけでした。
「チームを組んでできるかぎりの支援をしたいのだが・・・」と相談に見えた海老名貴子さんのご要望に応え、何とか力になりたいと考
えました。たまたま以前カナダ出身の方を指導した経験を持つ北川幸子さんを存じ上げていることから、「そうだ!お二人の出会いの場を作ろう」と考えたのですが、「せっかくチームで取り組もうとしているのだから、できるかぎり関わっていらっしゃる方みなさんに来ていただこう」と考え、特別研修という企画が生まれました。
いつもアクラス研修は、数日で満席になるのですが、今回は「できるだけ目の前に対象者を抱えている方/将来関わる可能性がある方」に優先的に参加していただきたいと考え、お一人ずつお気持ち・状況を伺いながら参加なさる方を決めていきました。そうして迎えた研修当日、最終的な参加者は14人、中身の濃い議論が出来ました。今回報告レポートを書いてくださったのは、最初に相談に見えた海老名さんです。
また、今回は参加者を絞ったため、「参加したかったのに・・・」という方が大勢いらっしゃることを考え、参加した方に「研修会の感想」を後日メールで送っていただきました。
では、どうぞじっくりお読みください。
お知らせ➡アクラス特別研修「視覚障害を持つ学習者に対する日本語教育』を考える (
当日使用した資料:アクラス特別研修レジュメ(06222016北川)
参考資料:ニアルさんの記事
JLEM研究会誌「視覚障害をもつ日本語学習者への指導の工夫」
JLEM発表「視覚に障害をもつ日本語学習者の学びを支援するネットワークの構築にむけた基礎調査」
「視覚障害をもつ留学生受け入れの課題」『国際言語文化』創刊号(2015.3)
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ホームページ:
JSL Braille 「さわってきいてあじわう日本語」https://goo.gl/ABUH3b
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アクラス研修会報告書
海老名貴子(独立行政法人日本学生支援機構東京日本語教育センター 非常勤講師
学校法人 イーストウエスト日本語学校 非常勤講師)
皆さま、こんにちは。6月22日、「視覚に障害を持つ学習者に対する日本語教育」について、アクラス研修会が行われました。
この研修会のご報告を
Ⅰ視覚に障害がある学習者を取り巻く社会状況の確認
Ⅱ京都外国語大学における視覚障害者に対する日本語教育実践報告
1.生活面での支援(場所、情報、他者への橋渡し)
2.視覚障害のある学習者に教える際に工夫が必要となる点を皆で考える
という二部構成でさせていただきたいと思います。
参加者は実践報告で驚きの声をあげ、視覚障害のある学習者に教える際に工夫が必要となる点で頭を抱える状況となりましたが、非常に密度の濃い研修会によって、大きな力を得たことは言うまでもありません。
それでは、講師の北川先生、この研修会を企画してくださった嶋田先生に感謝するとともに、研修報告をさせていただきたいと思います。
Ⅰ視覚に障害がある学習者を取り巻く社会状況
2015年、日本において「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(通称:障害者差別解消法)が制定され、2016年4月より施行
されました。これにより、国公立の教育機関では合理的配慮の提供が義務付けられています。(私立に関しては、努力義務)
この、聞きなれない言葉は、「必要な配慮を過不足なく行うこと」とのこと。
現在、この法の下で、障害を持つ留学生はインクルーシブ教育がすでに行われている国の大学等で学ぶ学生が交換留学生として来日したり、日本の企業や団体から招待され、日本語とともに三療を学んだりしているそうです。
Ⅱ京都外国語大学における視覚障害者に対する日本語教育実践報告
1.生活面での支援(場所、情報、他者への橋渡し)
2013年秋学期から1年間カナダにある協定校からの交換留学生Aさんへチューターとしての教育を実践例として紹介してくださいました。Aさんに関する情報及び視覚障害者の読み書きツールに関する詳細はレジュメをご覧ください。
☆ポイント: Aさんが自立できるように支援する
Aさんのお父さんは、Aさんが来日後1週間だけ日本にいて、すぐ帰国したそうです。Aさんのお父さんがその1週間でやったこと、それは一番近くのコンビニまでAさんが自分で行けるようにしたことだけ。「この先ずっと誰かがそばにいられるわけではないので、自立できる方向に支援をお願いしたい」と言って帰国したお父さんの考え方は、わたしたちにも当てはまることですね。このエピソードは心に残りました。
今回の研修では、「サポートブック」他も紹介されました。ここには生活する上での支援が具体的に書かれています。例えば、大学内の地図ですが、立体的に作られた、触ってわかる地図なのです。これでAさんは一人で校内を歩けるようになったそうです。
バスの乗り方、スーパーでの買い物の仕方、目的地への歩行の仕方など、随所に工夫が見られるものです。支援とは何かを改めて考えさせられるものでした。
2.チュートリアルおける支援
ここは、京都外国語大学での実践報告がほとんどだったのですが、研修参加者がより深く考える機会になるよう、クイズ形式の研修になっていました。
例えば、表やグラフはどのように導入するか、どのようなものを避けたほうがいいのかということです。(詳細はレジュメをご覧くださ
い)
表やグラフは構成から説明する、レーズライダーを使うという方法を教えていただきました。また、教材を作る時、100円ショップには非常に役に立つものがあるという情報もいただきました。書くと立体的になるペンやブロック、立体的な日本地図などお勧めだそうです。ここは授業の宝庫です。ぜひ、ぜひ、レジュメをご覧ください。
避けたほうがいいものも、レジュメにありますので、ここもぜひご覧ください。
一つ、北川先生から教えていただいたことがあります。それは、音声教材といっても聞く方から見ると負担がかかる教材があるということです。例えば、音声教材の声が高すぎたり、低すぎたり、読み物だと声と登場人物が合っていない場合など違和感がある場合だそうです。また、クイズやテストで音声を使う場合、声のトーンで答えがわかることがあるようです。そして、音声教材が多すぎても負担があります。
音声なら大丈夫だと考えることは避けたほうがいいのですね。
最後に
皆さんは視覚障害者のための信号機の音が2種類あるのはご存知ですか。信号機は南北がカッコーで、東西がピヨピヨという音を鳴らしているのだそうです。これは地域によって異なるようですが、わたしは知りませんでした。健常者には気が付かないこと、当たり前になっていることを視覚障害者の立場から捉えることが最初の一歩なんですね。
しかし、視覚に障害がある学習者を取り巻く社会状況を鑑みると、どのような支援ができるのか、どこまでできるのか、悩みは尽きないと思います。ですから、北川先生がなさった実践は支援の方向性と重要性をわたしたちに示してくださったのだと感じています。
そして、
①支援ネットワークを構築する
②障害教育や学生支援に関する知見を深める
③各事例の支援内容や支援方法を記録し、共有する
④各事例を障害教育や学生支援について学ぶためのリソースとして活用する
「人手不足」「連携不足」による支援システムの不安定さを補うために掲げた上記の目標を達成するためにどのような実践をなさってき
たか、「合理的配慮」とは何なのか、それではわたしたちは何をするのか、いろいろなことを考えさせられた研修でした。
それと、最後に一言。視覚障害者は視覚に障害があるだけだと。わたしたちには想像もできない能力、例えば何倍速かわからない速さで会話を聞き取る能力を身につけている人たちだということを決して忘れてはいけないと感じた研修でした。
研究会が終わって、食卓を囲んでも、参加者の話は尽きませんでした。
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【参加者からの感想メール】
感想メール➡ 北川さんの研修に関する感想
※大勢の方がメールをくださいましたので、長い文となりましたので、PDFにまとめました。さらに記事の本文にも記載させていただきます。
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■読み書きツールの必要性を感じていましたが、限られた予算で、何を優先して手に入れたらいいのか分かりませんでした。ツールの具体的な使い方の説明、実際に視聴覚障碍者がどのように使うのかを聞いて、イメージができました。
こういうタイプの問題の読解、聴解教材を使う場合、どのような工夫をしたのかということが、非常に具体的でよくわかりました。そして、自分の教えた場面を振り返り、聴覚だけでなく、触覚をもっと利用して教える方法を検討したほうが良かったと気づきました。これから学内一斉試験の問題をどう実施するか考えなければならないのですが、非常に参考になりました。
■研修会に参加させていただき、ありがとうございました。現在、初めてほぼ全盲の留学生を受け入れています。実際に同様の留学生をご担当された北川先生のお話は大変参考になりました。というより、参考にして、できるだけの配慮・調整をしていきたいと思いました。ありがとうございました。
■本や論文では知り得ない具体的な実践例について知ることができました。また、具体的な話の中にも、キラリと光る名言が何度も出て
きたのが印象的でした。理論ではなく、経験が積み重なって出てきた言葉だからと思います。
■帰宅してからも興奮さめやらず、今からしたいことをリストアップするとすぐにノートいっぱいになりました。具体的には、学生自身のICT環境を整える手伝いをする(スクリーンリーダー、ブレイルメモなど)、点字で行う学内試験のレイアウトを検討するためにEJUなどの大規模試験の点字問題を取り寄せる、などです。
学生のために配慮して音データを作っていたつもりでしたが、負担をかけているのではないかということにも気づけました。煩雑な作業に追われてインデックスを付けるのが雑になっていたかもしれないと反省し、もう一度インデックスのつけ方を見直そうと思っています。
今回このような形で視覚障害者の方と関わらせていただく機会を得たので、何かの形で情報発信していきたいと思っています。また情報共有させていただく場があれば幸いです。
■研修後、特に考えさせられたことは何ですかと問われたら返答することができたのですが、昨日Rさんがいるクラスで読解と聴解の授業をした今は、「研修すべてが重要であり、考えさせられた」と答えます。どこかを選ぶことができません。
食事をしながらも研修内容を自分なりに消化できるように考えていましたが、今もそれは続いています。
「こうすればいいのかな」と思う瞬間もあるのですが、苦しい日が続いています。
■研修に参加させていただき、何より今後の言語教育における自分の責務を強く感じました。
私は現在、日本語教育の業務に関わりつつも、韓国語教育の現場を持っています。
日本人が集まる教室にもいろいろな障害を持つ学習者がいます。障害を持つ学習者に寄り添うとはどういうことなのか、北川先生をはじめ、深い議論をされていた参加者の皆様に、深く考える機会をいただきました。実は今も考えているのです。
今回のお話は視覚障害以外にも他の障害にも共通する部分があったかと思います。必ず現場で活用させていただきます。ありがとうございました。
■本日の特別研修会に置いて特に印象に残った点を簡単に述べさせていただきます。
まず、冒頭で北川先生がおっしゃった、私たちの方が障害のある学習者にアクセスができない、どうアクセスすべきなのかを考えなければならない、というのがとても印象的でした。
そのため、幾つかの点で工夫が必要になるわけですが、視覚によって得られる情報を他の感覚―聴覚や触覚、臭覚などを最大限に使って理解してもらう、ということが具体的にどのようなことなのか、体感できないとどのようなことになるのかー面ではなく、線でしかない動きへの理解やバーバリズムなどがわかり、本当に貴重な講義となりました。
(ヘレンケラーの伝記にあるようにWATERを理解することがどのようなことなのかは知識として知っていても、です)
いろいろな身近で安い材料を使っての工夫等、すべてのお話は目からウロコ、でした。
しかし、何よりも、視覚に、コンテクストに依存している部分を少し補うだけでも理解し易くなること、言い換えれば、少しでも補わないと理解しがたいという現実、そして、それをどのように補っていけば良いのかを具体的に例示していただいたことが、本当にありがたいことでした。
また、視覚に障害を持つ人たちにとって何がストレスとなるのかを考えることは、それは他の障害を持つ人たちのこと、ひいては、すべての学習者にも通じることだと感じ入りました。
■視覚障害の留学生の日本語教育について、大変貴重なお話を聞くことができて、うれしく思いました。
北川先生の実践報告は、ここまで相手の視点にたって想像力を働かせ、より良い授業実践へと取り組んでいけるものなのかと感動しました。
自分はここまで込めて取り組んだことがあっただろうか。それに、まだまだ改善できる余地がたくさんある。そんなことを反省しました。
学生ががんばれば自分でできること、できないことを見極めつつサポートしていく過程のお話の中で、自分も見えなかったことが見え、気づかなかったことに気づかされました。
また、淡々と語られる活動報告の中で、お互いが幸せであるための創造的活動が次々に生み出されていく様子も大変興味深く思いました。その原点となったという留学生のお父さんのきびしいお言葉も、私の中にも大きく今でも響いております。
貴重な機会を本当にありがとうございました。今後のご活躍をお祈りいたしております。
■ 指導する側が障害のある方にとって不便だと思われることを予測して準備することの大切さは分かっていても、実際に指導するという経験がなければ、気がつかないことがある。それはどんなことか知りたいと思って参加しました。
北川先生の実践から、その工夫のすごさに感心しましたが、同時に、障害のある方、今回の研修では視覚障害の方が『視覚』を補うための力として、『聴く力』『触って分かる力』が研ぎ澄まされていることに気がつきました。
わからないだろう、できないだろうという考えを持つ前にその方たちに備わっている力を予測する必要があることが大切だと思いました。それはその能力に期待するということもあるかもしれませんが、それよりも、その能力ゆえにいい加減な準備ではすまされない
ということです。それにも想像力と細心の注意が必要だと思いました。
研修会では「海」をわかってもらう手段として『海の波の音』を使うと言うお話があって、そのときに放送などで使われる効果音(小豆を動かして出す音)を使ってみるのはどうかという声もありましたが、それはとんでもない間違いではないかと思いました。
聴覚が研ぎ澄まされている人には「小豆の音」と「海の波の音」は明らかに違って聞こえるだろうと思ったからです。
私は以前、難聴だったタイの学生に大きな声で話しかけて分かってもらおうとしたことがありますが、今になって、彼が持っていた他の力を想像できなかったことが悔やまれてなりません。
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■北川先生のお話は実体験に基づいているので、非常に説得力のあるお話でした。視覚障碍者に教えるときの配慮や、健常者の他の学生との関係など、教師が考えていかなければならない視点を語られましたが、それは視覚障碍者に対ししてだけでなく、どの学生にも当てはまる、接し方であると思います。多様な学生に対しての視点にきづかせていただき、とても学びが多い研修会であったと思います。
私は視覚障害者、聴覚障害者、自閉症の学習者と接する機会が最近あり、今後の考え方や学び方に多いに勉強になりました。
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■先日の研修では、実践に基づいたお話で、一つ一つが自分の体験の中の悩みに対し、何かしらのヒントをいただいたようでした。
視覚障害者を担当したことはありませんが、研修で教えていただいたことは自分自身の学習者に対しての姿勢を振り返る貴重な機会になったと思います。
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