アクラス6月研修「ことばを学ぶ姿を可視化する―子どもの日本語教育実践から―」のご報告です。今回は、小畑美奈恵さん(早稲田大学大学院)が書いてくださいました。
どうぞご覧ください。
6月研修のお知らせ → http://www.acras.jp/?p=5508
レジュメ ➡ アクラス研修会レジュメ 20160612
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アクラス研修会報告書
小畑美奈恵(早稲田大学大学院 日本語教育研究科 修士課程)
今回報告をいたします小畑美奈恵と申します。現在、大学院の授業の中で子どもの日本語教育に関わっています。私はこれまで留学生の日本語教育には関わってきましたが、子どもの日本語教育を行うのは初めてで、大人とはまったく違う、子どもの学びのプロセスに驚き、発見の日々です。今回は少しでも子どもの日本語教育について知ることができれば、と思い参加をしました。
アクラスには日曜日の夕方という時間帯にも関わらず、多くの参加者が集まりました。まずは恒例の嶋田先生からの「今回の研修の参加の動機や期待を一言!」ということばにより、参加者達は自身の参加動機を一言ずつ交えた自己紹介を行いました。参加者は全国各地から集まっており、子どものためのボランティア教室をされている方、学校に日本語教師として派遣されている方、大学や日本語学校で留学生教育に関わっている方、現在養成講座で勉強中の方など背景も現場も様々でした。参加の動機も様々で、子どもの日本語教育に関わっていらっしゃる方は実践自体に、それ以外の方は、どのように実践を描くか、という実践の可視化に興味をひかれ、参加されたとのことでした。嶋田先生の「子どもは教育の原点…、ということで多様な背景を持った人たちが集まり対話をするというのは絶好の場」というまとめのことばの後に、齋藤ひろみ先生の研修会がスタートしました。
まず、研修会自体の軸をご説明し、次に具体的な研修会の内容についてご報告いたします。
研修会は2部構成となっており、第1部は齋藤ひろみ先生によるワーク、第2部はそれに対する質疑応答でした。
第1部
研修会は、齋藤ひろみ先生が2015年に出版された『外国人児童生徒の学びを創る授業実践』(くろしお出版)がどのようなプロセスを経て完成したのか、本をつくる過程でどのように実践が可視化されたのか、という、いわばこの本が完成するまでのバックヤード話が大きな軸としてありました。
『外国人児童生徒の学びを創る授業実践』では、早くから外国人児童生徒の受け入れをしてきた浜松市の授業実践が紹介されており、以下の3部から構成されています。
第1部 浜松市の外国人児童生徒教育の現在
第2部 実践事例「ことばの教育の力」を育む
第3部 学校と地域支援とのつながりとその広がり
齋藤先生ら編者は、浜松市の外国人児童生徒教育に研究者として関わり、学校現場の教師たちの授業実践を数多く参観されています。この本は、その実践を現場の先生方自身に記述してもらい、編集したものです。齋藤先生は、実践を書籍化して伝える目的として以下の4点を挙げられました。
1. 先生方の新たな実践を呼び込むため
2. 地域の支援者のネットワークの再編が起きるように
3. 浜松市の教育施策がさらに充実するように
4. 他の地域の学校・地域の日本語・学習支援の実践が多様性に開かれるように
これらの目的のために、「あの場にいなかった人にもこの授業実践が伝わるように書いて行こう」、「その場にいない人たちにも子ども
たちの学習の様子を伝えてもらう」という指針のもと、現場の先生方と一緒にやりとりを行いながらこの本をつくられたそうです。
ワークの導入として、齋藤先生が具体的な事例をスライドで紹介されました。それは、齋藤先生が参観された、ある小学校における実践です。参加者は実践を見て、以下の3つの問いについて隣の人と話し合いました。
問い1:この授業に参加した子どもは何を学んだのか
問い2:この授業を行った教師は何を学んだのか
問い3:この授業を参観した齋藤は何を学んだのか
齋藤先生はこの事例において、問い1〜3について参加した子ども、授業を行った教師、そして参観した齋藤先生ご自身に実際にどのような学びがあったか、というお話をされました。すると、現場の先生が持っているものの捉え方、研究者が持っているものの捉え方の違いが見えてきました。このように、『外国人児童生徒の学びを創る授業実践』は、現場の先生方が実践を可視化するにあたり、学校の文脈を知らない学校外や地域外、外部の人達にもわかるような形での表現をすることを心掛け、そのための工夫をされたそうです。そのポイントとして以下が挙げられました。
・社会的文脈とともに伝えること
・実践後のある程度時間が経過した段階で原稿を書くプロセスをとおし、先生方にもう一度自分の授業について捉えなおしてもらうこと
・研究者と現場の先生という異なる者とのやりとりの中で見えてくるものをことばにして伝えること
以上が研修会の第1部です。
嶋田先生の「休憩」の声掛けにより、コーヒーブレイク。お菓子を食べながら、今日初めて出会ったバックグラウンドも現場も違う人達と和気藹藹と賑やかに交流を深めている様子がうかがえました。
第2部
齋藤ひろみ先生と参加者との間で質疑応答が行われました。参加者は、それぞれの問題意識に沿って齋藤先生に質問をしました。子どもの日本語教育に携わっている方は、実際の自分の現場での具体的な悩み相談をされていました。また、実践の可視化について問題意識を持っている方は、『外国人児童生徒の学びを作る授業づくり』を編集するプロセスにおいて苦労したこと(学校の先生方とどのようなやりとりがあったのか)、また、教師研修という意識で現場の先生たちと関わる時のアプローチの工夫等に関し、質問されていました。齋藤先生はその一つひとつの質問に、参加者の現場での状況を詳しく聞きながら丁寧に答えてくださいました。
2時間の研修会もあっという間、最後に恒例の嶋田先生から「本日の学びを一言!」との促しにより、各自が本日の学びを一言ずつ話して、研修会は幕を閉じました。
参加者による「本日の学び」:
・いろんなケースがあるので、まとめることがいいかどうかはわからないが、実践例をいろんな形で取り入れて行きたい。
・可視化は文字だけではない、ことばも可視化になる、という新たな気づきがあった。教師自身の解釈で話すのではなく、子どもが発したことばを具体的に伝えることは大事だと気づいた。
・どうすれば日本語が習得できるかと考えるだけではなく、子供の情緒的なものなどを考慮して、どう日本語が使えるのか、という逆の考え方をすることを学んだ。
・子どものひとつひとつを大事にしていきたい、子どもの力を助けてあげられるものは何なのか。
・子どもとの何気ない会話を聞き過ごしてしまっていたことに気づいた。言語化することの大切さを実感した。
・可視化による達成感、具体的に何ができるようになったか、を書きとって共有していきたいと思った。
・子どものできないところに寄りそって成長していかなければならないと思った。子ども自身が自分でわかるように教師が可視化することが、子どものやる気につながるといいなと思った。
・可視化のためには直後の振り返りだけではなく、一定時間を置いた後の振り返りも大事だと思った。
・社会的文脈も考えて、計画を立てて教えて行かないといけないと思った。実践者は記録を取れないので、学校の先生とどう共有するか、を工夫したい。
・(自分は)研究職なので、文章を書くことも多いが、図式化して可視化することも考えてみたい。
・指導記録に、「できる」「できない」しか書いてなかったが、今後はエピソードを付け加えて行きたい。スタッフMTGも単なるぼやきではなく、レベルの高い、ためになる話し合いをしたい。
・学習して、できた、できないことだけではなく、客観的に振り返って柔軟に、とらわれないことも必要だと感じた。
・異なりと重なりを意識する、読む力が求められると感じた。他者の事例を見た時に、何を読み取るかは、自分が置かれている文脈を可視化できていないと取り出せないと感じた。
・エピソード記録として書いていたが、他者に伝えていなかったので、今後は伝えて対話をしていきたい。
・記録を残すことは大切である。また、解釈するときには気をつけないといけない。伝える時に事実なのか、解釈なのか、自分は曖昧に書いていた事に気づいた。気をつけようと思った。
・現場の違う人の話を聞けてよかった。
研修会の感想(小畑):
私自身は子どもの日本語教育について知りたい、という動機で参加しましたが、研修会自体の軸は、実践をいかに可視化するか、ということでした。現在修士論文を執筆中の私は、文脈の違う他者にいかに実践を記述し、伝えるか、ということに目下悩み中でしたので、実にタイムリーな話題であり、大変勉強になりました。今回の研修会は「実践そのもの」に興味がある参加者にも、「実践を描くこと」に興味がある参加者にも、それぞれに得るものがあったと思います。齋藤先生、嶋田先生、本当にありがとうございました。
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