6月アクラス研修のご報告<著者との対話:石黒圭さん『日本語教師のための実践・作文指導』>>

6月のアクラス研修<著者との対話>は、石黒圭さんでした。たくさんのご著書がありますが、今回取り上げたのは『日本語教師のための実践・作文指導』(2014年、くろしお出版)でした。

講師の石黒圭さん

講師の石黒圭さん

「作文指導って、どうしたらいいのだろう?」と悩まれている先生方も多く、研修終了後、「自分の授業を見直す良い機会でした。ぜひこれからの授業に活かしたいです!」という声がアチコチで聞かれました。

 

今回の研修レポートは、青山豊さんが書いてくださいました。どうぞご覧ください。

 

    ♪   ♪   ♪

 

『日本語教師のための実践・作文指導』 石黒圭 国立国語研究所 日本語教育研究・情報センター

 

  当日配布の資料 → 作文指導論150621(アクラス)

 

 報告者:青山豊(東京外語学園日本語学校非常勤/国書日本語学校非常勤)

 

【はじめに】

 くろしお出版の新刊『日本語教師のための実践・作文指導』(以下本書)をめぐって、編著者の石黒圭先生と直接対話ができる。私はそれを知って、喜び勇んで今回のアクラス研修会に申し込みました。研修会は「自分の作文指導をより良いものにしたい」と願う参加者たちによる自己紹介でスタートしました。

『日本語教師のための実践・作文指導』

『日本語教師のための実践・作文指導』

冒頭で、石黒先生がおっしゃったのは、博士学生のキャリア支援(Researcher Development Framework)にヒントを得たという「レーダーチャート」についてでした。日本語学習者の作文指導において、彼らの作文についての一つの能力だけを伸ばすのではなく、例えば五角形のレーダーチャートを用いるとすれば、その「5つの頂点」のところに書き込まれる5つの観点(=評価項目)によって、彼らの作文能力を評価し、伸ばしていく必要性に気づかれたこと。そして、そのレーダーチャートの評価項目には、どのような要素を含むべきなのか、を考えている、といった趣旨のことが述べられました。

しかし、この時点では、それがそのまま後半のタスクになることを、受講生はまだ誰も知りません。

 

【研修会前半】

研修会の前半はパワーポイントにそってのお話でした。(パワーポイント資料をご参照ください)

 

「はじめに」では、本書の帯に書かれた挑発的な惹句「作文教育に必要なのは、よい教材ではなく、よい教師である」に触れ、「(それならば、)よい作文教師とはどんな教師なのだろうか」という問いが立てられました。

 

そして本書の著者たちが、執筆の過程で、

①    こうあらねばならないという考え方はとらない → 対話を可能にする

②    筆者の立場を明確にし、根拠を詳述する → 根拠をめぐる議論

③    よい作文教師は、一つに定まるものではない → 多様な方法の共有を心がけたこと。

また、その共通認識のもとで、お互いの「引き出し」の中身を見せ合い、「その教授法を選択した理由」を「予想される効果」と「そう考える根拠」を語り合うことを通して本書ができあがったことが語られました。

 

次に、本書で取り上げられている教授法や実践例を、この日、石黒先生は次の五つの観点から整理しなさいました。真剣に本を見ながら、お話を聴く参加者

 

 

(1)テーマ論「標準派v.s.実践派」

(2)ツール論「手書き派v.s.IT機器派」

(3)教師論「教師主導型v.s. 学習者主体型」

(4)技能論「四技能連携型v.s.作文集中型」

(5)添削論「添削有用論v.s.添削有害論」

 

「v.s.」が気になりますよね。

 

「(3)教師論」を例に、少し具体的に見ていきましょう。本書第3章「教師の役割を考える:ファシリテーターとしての教師」をお書きになった金井勇人先生は「教師主導型」であり、第4章「コミュニケーションを重視した活動:協働の場としての教室」を担当された渋谷実希先生はいわゆる「学習者主体型」です。

このように本書は、複数の対立軸を含んだテキストであるわけですが、それらは単純に「両論併記」されているのではなく、本書の「はじめに」での表現を借りれば「試行錯誤の営みをぶつけあい、高めあった」成果として一冊にまとめられたことを、石黒先生はたいへん説得的にお示しくださいました。

 

そしてその「試行錯誤の営みをぶつけあい」は執筆者同士のみならず編集者との間でも繰り広げられたであろうことは「(5)添削論」で「添削有用論」の主張をされる二宮理佳先生がお書きになった第8章「フィードバックでモチベーションを高める:成功期待感の湧く添削・評価」の理論が、赤、青、緑の三色ボールペンを使った添削指導の実践報告「第18章 モチベーションを高めるフィードバックも実際」において(おそらくコストの点でも、作業量の点でも)「出版社泣かせの」の四色カラーページで結実していることからも明らかです。

 

それに続く石黒先生の「現在の私の関心」についてのお話もとても興味深いものでした。「作文執筆の実態がわからなければ有効な指導法を提案することは難しい」という事実から「学習者の作文執筆プロセスを解明」すべく考え出された「キーボードのエンターキーを押すたびに執筆過程が記録されるシステム」を使って、「学習者がどのようなプロセスで文を書き進めているのか」についての具体的な研究に着手された由。次回の石黒先生アクラス研修会が今から楽しみです。

 

 

【研修会後半の報告の前に】

まずはペアで話し合い

まずはペアで話し合い

ここまで、レポートをお読みくださりありがとうございます。後半の報告をお読みいただく前に、当日私たちが取り組んだ課題にチャレンジなさいませんか。そう、上でちらっとお話した「レーダーチャート(評価項目)作りのタスクです。

日本留学試験の記述対策指導のご経験がおありの方ならすぐに「①課題 ②主張 ③根拠 ④構成 ⑤表現」の五つの観点(評価項目)を挙げられたかもしれませんね。その要領で、皆さんが学習者の作文を評価する場合の観点や評価項目を、チラシの裏か何かで構いませんので書きだしてみてください。

よろしいですか。では5分後に。

カチ、カチ、カチ、カチ、チ〜ン!

 

では、ご自身がお書きになったのを見比べながら、続きをお読みください。

今度は4人グループで話し合いです

今度は4人グループで話し合いです

 

【研究会後半】

後半では20人のグループが4人一組の5つのグループに分かれて「作文の評価項目」について討議し、そのグループとしての「評価項目」を決めました。その後、代表者が自分のグループの評価項目を読みあげ、それを石黒先生がホワイトボードに書くという形で、みんなの評価項目を共有。その後、石黒先生が各グループの、特に面白いと思われた評価項目を取り上げながら講評なさいました。

 

Aグループ

①表現力 ②構成力 ③語彙・文法 ④スピード ⑤自己評価

 

石黒先生のコメント:④、⑤が興味深いですね。「良い文章を書くためにはどうしたらいいか」というと「自分がいい読み手になる」しかない。そう考えると自分の書いたものをどう評価するか、そういう目を養うことは大切だと思います。

 

Bグループ

 

①好奇心興味 ②コミュニケーション力・共感力 ③語彙 ④探究心

 

石黒先生のコメント:①を最初に持ってきたというのがいいですね。このグループが大切だと考えられたのは「発見」とか「気づき」、あるいはそれを深める力といったものではないでしょうか。そういった「考える力」を重視しているのだなという印象を持ちました。

 

 

グループで話し合った「作文の能力の構成要素」の共有

グループで話し合った「作文の能力の構成要素」の共有

Cグループ

①日本語力 ②文章構成力 ③表現力・コミュニケーション力 ④オリジナリティー ⑤適切さ(読み手意識)

 

石黒先生のコメント:最初の3つは普通かもしれませんが、④⑤は研究者っぽい。④は、出そうと思ってもなかなか出せないものであり、出せたと思ったらだれかがもうやっていたということもあります。特にアカデミックな世界では欠かすことはできないものですね。そして⑤、文章というのは、自分と相手の関係の中で書いていくものです。そういった意味で、「自分が読んで満足していた」あるいは「書くことだけで精一杯だった」という人の意識が、次第に読む人に向いていく、というのが作文の上達度を測る一つのモノサシかと思います。

 

Dグループ

①目的 ②語彙 ③文法 ④構成 ⑤プレゼン力

 

石黒先生のコメント:このグループのものは、特にどこかに線を引くというのではないですが、学習者に評価シートを作って評価させたい場合、あるいは教師が評価シートを作ってやるときに、一番処理がしやすく、明示的な感じがする。評価基準としてバランスが良く、一番安定している感じがしますね。

 

Eグループ

①発想力 ②論理力・談話展開力 ③批判力 ④メッセージ伝達力 ⑤学習者のレベルに適応した基礎的表現力

 

石黒先生のコメント:実は、このグループのものが一番わたしの考えにすごく近い。(受講生から「お〜っ」というどよめき)①②、やはり文章をどういうふうに書くか、どういう順番で、どう用語を定義して、どう説得していくかということを考えれば、この二つに③を加えた要素がすごく必要なものでしょうね。もちろん語学力も必要であって、⑤は、さきほどCグループの方では「(いわゆる)日本語力」と言った要素をどう取り上げるかを一生懸命考えた結果、苦労してこの表現に至ったのだと思います。

 

【石黒先生によるまとめ】

今まで私自身も(学習者の書く力が伸びていくということについて)「文がだんだん長くなっていくイメージ」や「使われる語彙がどんどん難しくなっていくイメージ」といった単純な「成長モデル」を頭の中で描いていました。しかし、これから学習者の作文を見て、それを評価したり添削したりする、あるいは学習者自身に評価を委ねたりする場合に、(このホワイトボードの上に書かれた)これだけの複合的な視点を持っていれば、学習者自身の評価に対する多様性もでてくるでしょう。たとえば「この学生の作文は、ひらがなばかりだけれど、ストーリーの流れには説得力があって、読まされた」というような評価もあると思います。学習者にはそれぞれの文化的な背景があって、彼らはいろいろな能力を持っているので、それらをできるだけ適切に評価してしたいと思います。

また最近であれば「アーティキュレーション(=連続性)」というようなことも言われます。学習者のそのような能力が少しずつ伸展していく過程を、学習者自身が自己評価として見つめ続けるためにも、また教師がそれを継続的かつ客観的に評価していくためにも、今ここで考えた、「作文に見合った評価基準」は必要なのではと思います。

今日は、私自身がこういった評価基準を考えてみるにあたって、皆さまの頭を借りようと思いました。勉強になりました。(拍手)ターブル・ド・ペールで懇親会

 

 

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