4月アクラス研修<著者との対話>の報告『日本語でインターアクション』

4月のアクラス研修は、『日本語でインターアクション』の著者2名による<著者との対話>でした。当日は、さらに2名の著者(武田誠さんと吉田千春さん)も参加してくださり、とても充実した会になりました。また、今回の報告レポートは、著者である武田さんがお引き受けくださいました。

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著者との対話『日本語でインターアクション』  

サウクエン・ファン(神田外語大学国際コミュニケーション学科教授)

徳永あかね(神田外語大学留学生別科准教授)

                                                                                                                                                                  報告:武田誠(早稲田大学日本語教育センター 常勤インストラクター)

著者のファンさん

著者のファンさん

開始時刻にはほぼ満席になりました。参加者は地域のボランティア教室、日本語学校、大学で教えている方、数年のブランクを経て再び教え始めた方、出版社の敏腕編集者さんなど様々でした。

全員の自己紹介の後、下の三部構成で研修会は進められました。第1部と第3部はファン先生が、第2部は徳永先生が担当されました。

第1部    『日本語でインターアクション』はどのようなコンセプトでできているか

第2部    第4課を例にとった紹介

第3部    課内の構成

 

第1部は具体的な接触場面について考えるタスクを通して、参加者が意見交換をしながら、『日本語でインターアクション』(以下では「教科書」)を貫く3つの主要コンセプトについての説明がなされました。これらのコンセプトは、いずれも従来の日本語教育の中ではあまり積極的に取り上げられてこなかったものです。

 

コンセプト1:「インタ―アクションは言語使用からではなく、場面の認識から始まる」

 

次のタスクを通じて(学習者が)自己紹介をすべきか否かを考えました。

 

著者の徳永さん

著者の徳永さん

タスク1 駅のホームで大学のとき、あこがれていた先生が電車を待っていることに気付いた。先生は1人ではなく、30歳ぐらいの女性と一緒だった。あなたがその先生だったら、どのようにしてほしい?または、どのようにされたら困ると思う?

今回の参加者の多くが教師であれば、この状況で話かけてもらいたいと述べていました。しかし、ファン先生が外国人留学生と日本人の大学生に同じ質問をした際、留学生からは自分がこの先生だったら積極的に話かけてもらいたいという答えが多かったのに対し、日本人学生は話しかけなくてもいいという答えが多かったという結果が得られたということでした。また、いっしょに居合わせた女性に対して、日本人学生のほとんどは、知らない人に自己紹介をされると困るのではないかと感想を述べたそうです。

ここから、「初めまして。◯◯と申します。どうぞよろしく。」のような日本語の表現の学習だけに留まらず、そもそも所与の場面で相手に自己紹介すべきか否か、つまりインターアクションを始めるべきか否かを学習者が自分で判断できるようになることも教育の目標とすべきであることが示唆されました。

 

コンセプト2:「接触場面では相手に対する違和感の度合いが増し、日本人同士の場合と違って、インターアクションが変容してしまう」

 

タスク2では、非母語話者が関わる日本語での4つの自己紹介の実例が示され、自己紹介のありかたについて考えました。以下の会話例では、Jは日本人を、Fは日本語非母語話者をそれぞれ表しています。

 

<例1>

J: はじめまして、田島です。どうぞよろしくお願いします。

F: あ、はじめまして、ジョンソンです。どうぞよろしくお願いします。

 

左から著者の武田さん、吉田さん、編集者の大橋さん

左から著者の武田さん、吉田さん、編集者の大橋さん

<例2>

J: hi, こんにちは、裕子です。Please call me Yuuko.

F: こんにちは、ピーター・ジョンソン(握手したいと思い手を出す)

 

<例3>

F: はじめまして、おなまえは?

 

<例4>

F1: 私は[(笑い)]ニュージーランドの{ファーストネーム}と申します。

F2: もう知っています(笑い)

F1: どうぞよろしくお願いします(笑い)

F2: どうぞよろしくお願いします(笑い)

 

非母語話者が関わる日本語での自己紹介は、<例1>のように教科書どおりになされることがある一方で、<例2>のように、そもそも日本人の側が日本語をあまり使わず英語式の自己紹介をする場合すらあります。また、<例3>のように相手の名前も含め、相手にいろいろ質問をするのは中国語での初対面場面のやり取りによく見られるパターンだそうです。日本人であれば、初対面の相手に矢継ぎ早に質問をされたら戸惑う人もいるかもしれません。<例4>は日本語の授業での学習者同士のやり取りです。この場合、F1とF2が「どうぞよろしくお願いします」と言った後に笑いが起こっているのは、学習者は自己紹介場面で、日本人に対しては「どうぞよろしくお願いします」という日本語の表現を普通に使うのですが、外国人にはこの表現を使うこと自体に違和感を感じることが多いためだそうです。

著者のお話を真剣に聴く参加者

著者のお話を真剣に聴く参加者

これらの例から、日本語非母語話者が関わる接触場面では相手に対する意識、違和感によってインターアクション(上例では自己紹介)のあり方が変わってしまうことがわかりました。こうしたことも日本語教育では考慮すべきでしょう。

 

コンセプト3:「インターアクションの目的を達成するためには言語だけではなく、社会言語、社会文化の能力も不可欠である」

 

タスク3では、下の事例を見ながらインターアクションに必要な能力について考えました。

 

香港人の家族が日本を旅行中、「湯」と書かれた看板を見て、スープを飲ませてくれるレストランだと思い込み中に入ったところ、男女別々の部屋に通され、裸になった日本人の姿を見て驚いて店を飛び出した。

インターアクションには「言語能力」(上例では日本語の「湯」の意味を知っていること)、「社会言語能力」(上例ではわからないとき人に尋ねることができること)、「社会文化能力」(上例では日本での入浴の習慣と温泉地などでは昼間でも入浴するという文化を知っていること)の3つの能力が必要です。

上の香港人一家のインターアクションがうまくいかなかった最大の原因は、日本の入浴の習慣と文化に明るくないという「社会文化能力」の問題なのではないかということでした。言語の習得は日本語教育の課題ではあるのですが、この例のように、インターアクションを成功させるためには関連する社会文化や社会言語の能力も視野に入れなければならないことが分かりました。

 

第2部では、徳永先生から『日本語でインタ―アクション』の課内の構成について第4課「友達とおしゃべりをする」を使いながら具体的な説明がありました。

大学のサークルの友達である日本人と約束し、食堂でいっしょに昼ご飯を食べるという場面で、留学生が日本人とおしゃべりをするというインターアクションを目標とする際、何を教えるかという問いかけから始まりました。

第4課ではインターアクションのポイントとして、場面の入り方、出方、インターアクションを続けるためのあいづち、関連する質問などが取り上げられているという説明がありました。また、PART3「私のクラスのインターアクション」において、実際の場面を学習者に経験させることの重要性と同時に、「私のクラスのインターアクション」で実際の場面を経験する活動を目指して準備、練習したことの全てが使えるとは限らないこと、また、準備したことが全て使えなくても構わないことが強調されました。

 

第3部は、ファン先生にバトンタッチし、教科書の各課のPART 1からPART4の役割について説明がありました。

コーヒーブレイクを愉しむ

コーヒーブレイクを愉しむ

まず、PART 1については、PART 2で学習項目として挙げられている日本語が使われることが多いと思われる場面自体に学習者の意識を向ける目的で作られているという説明がありました。このパートは教師が先導して教えるのではなく学習者に気付いてもらうことが重要だそうです。

PART 2は、当該課で学習項目として取り上げた日本語の表現が導入されます。教師の立場から言うと「教えたいこと」を扱うパートです。

PART 3は実際にPART 2で導入された日本語が使われ得る場面を経験するための活動です。学習者は溺れる恐れはあっても日本語の授業の一環として実施されている以上、先生がいるので助けてもらえるという安心感があります。とにかく学習者にとっては実際にインターアクションをしてみることで、そのとき置かれた場面についての理解や、PART 2で学習した言語項目をきちんと機能させるために社会文化や社会言語の要素の大切さを実感することができるはずだという点が強調されました。また、同じ場面においても学習者は一人一人経験できることが異なるため、PART 3の活動の後、教師がフォローをしてあげることが大切だとのことでした。

PART 4は当該課で学んだことを学習者が各自の実生活のどんな状況や場面で使えるかを考え、また学んだことを実際に使えた場合、そのことを記録しておくパートです。このパートはこの教科書で最も重要視する部分です。そのため、このパートの重要性を学習者にわかってもらう必要があるという説明がありました。

最後に、「日本人とのインターアクションは簡単ではないですね!」というスライドで研修会は締めくくられました。「日本人とのインターアクションは1つの美学」「楽しいかどうかではなく、目的をよく考えて、相手に話しかけたらいいかどうかというところから始めるほうがインターアクションの本来の姿に近い」という言葉に接触場面におけるインターアクション研究に対するファン先生の哲学を感じることができた気がしました。

その後、Q&Aを行い、参加者全員が一言ずつ感想を述べて今回の研修会は終わりました。以下のような参加者の皆さんのことばが印象に残りました。「(この教科書には)自己評価をする部分があるのがいい」「日本人として無意識だった面に気付けて良かった」「(日本人の行動様式などについて)説明を逃げていた部分があるが、語る場を作る大切さを感じた」「外国人の気持ちになる大切さを感じた」

パワーポイント → パワーポイント(ファンさん&徳永さん)

懇親会で(今回は「トラットリア ノリータ」でした

懇親会で(今回は「トラットリア ノリータ」でした

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