「できる日本語」家族、2年で“1ダース”に!~ちょっと振り返り~

 

『できる日本語」シリーズ(12冊)

『できる日本語」シリーズ(12冊)

『できる日本語中級』に続いて、『漢字たまご初中級』が完成し、「できる日本語」シリーズは、ついに1ダースとなりました。1冊目の「初級本冊」が出てから丸2年、ここで、少し教科書開発のプロセスを振り返ってみたいと思います。何しろこれまでの道のりは本当に谷あり、山あり……でした。

■これまでにない教科書を作ろう!
コンセプトづくりを始めたのは、10年近く前。「今、必要なのは新しい中級教科書。一緒に作りませんか。そして、日本語教育を新しい方向にもっていきましょう」と出版社からお誘いを受け、最初は「教科書作りにだけは関わりたくない。あんな大変な仕事をやったら、とても身が持たない」と、消極的な私でした。

しかし、私は、話し合いをしていく中で、「これまでにない教科書を作る」「みんなで考えながら、創り出していく」ということに、心を動かされていきました。「もしかしたら、日本語教育を変えることができるかもしれない。それも大勢の仲間と一緒に……」。

そうこうするうちに、私は、こんなことを言い出していました。

「いくら新しい考え方の中級教科書を作っても、初級で「文法脳」になってしまっている教師や学習者は、なかなか変わりません。新しい教科書を作るのだったら、初級から始めなければ! でも、上級レベルで、どんな能力を身につけたらいいのか、まずはグランドデザインを考えた上で、スタートすることが大切です。その上で、初級教科書から作っていくのが、本来の姿じゃないですか。初級教科書から縦軸で作りましょう!」

■さまざまな対話と「協働」
こうして、「できる日本語教材開発プロジェクト」がスタートしました。アルクと凡人社という2つの出版社とプロジェクトメンバーが何回も、何回も集まって、会議をし、「どんなものを作りたいのか」ということを固めていきました。その後、『できる日本語 初級』を作り始め、実際に現場で使いながら、何度も練り直すという作業が繰り返されていったのです。その間、数えきれないほどたくさんの<著者、使用する先生方、学習者との「楽しく、貴重な対話」>が積み重ねられていきました。

なにしろ「現場教師による、現場教師の視点からの、学習者と教師のための教科書作り」をモットーに開発を始めた「できる日本語シリーズ」です。作った教材を現場で使った先生からフィードバックしてもらい、また修正しては使い、また検証……。これの繰り返しでした。

「学習者にとってこの場面は必然性があるのだろうか」「実際の場面で、こんな表現を使うだろうか」「言語的知識の保障は、ちゃんと出来ているのだろうか」……課題に向かって、メンバーは一丸となって走り続けました。

実は、『できる日本語』には、イラストが欠かせません。そこで、本になる前の学内版は、職場の仲間が、協力してくれました。「ここは、こういう意図で、こういう言語活動を盛り込んだ絵にしてください」等と、たくさんの注文をつけ、膨大な数のイラスト作成をお願いしていきました。本当に、多くの方々の「協働」があったからこそ誕生することができたシリーズです。

■タテ・ヨコの連続性・連関(アーティキュレーション)の重視
グランドデザインを描いた上で始めた教科書作り。初級→初中級→中級の連続性、本冊と副教材との連続性……さまざまな連続性を重視し、作業を進めていきました。その結果、各レベルに共通するテーマを策定し、それにそって各レベルでのテーマ選択、学ぶべき語彙・文型がスパイラルに展開していけるような流れが可能になりました。

スパイラル展開

スパイラル展開

また、「現場で生まれた、現場教師による、現場のための教科書」を標榜した「できる日本語」シリーズでは、作る人と使う人の連続性、各レベル担当の先生方の連続性、教室と外との連続性……など教育実践におけるタテ・ヨコの連続性にも十分に配慮していきました。私は長い間、「教室は一つのコミュニティ。そして、そのコミュニティである教室は、外のコミュニティと、しっかり繋がっていなければ意味がない。そんな教育実践をやっていこう!」と、言い続けてきました。この「できる日本語」シリーズでは、その考え方が具現化できるよう、みんなで知恵を絞り合いました。

  「できる日本語」共通テーマ

■「個人力」から「チーム力」へ
「それぞれの現場で使ってくださる先生方のことを考えると、1冊、1冊、ゆっくり出版していくのではなく、できるだけ早く副教材を揃えなければ・・・。新しい考え方の教科書を手にした方が、プリント類を一から全て作っていかなければならない状態は避けよう」と、2年間で12冊の本を揃えるという計画を出版社と立てました。実は、最初にこの計画案を聞いた時には、頭がくらくらするような思いでした。「そ、そんなの無茶でしょう~~~」。

それが実現できたのは、最初からいくつものチームを作り、同時進行で、教科書作りを進めることができたからでした。しかも、チームのメンバーは、少しずつオーバーラップするようにして、タテ・ヨコの連続性・連関がうまくいくように考えました。それが、2年で12冊という大仕事を実現させることができたカギだったのだと思います。

(チーム=本冊初級チーム、本冊初中級チーム、本冊中級チーム、漢字チーム、ことばチーム、よみ物チーム)

吉田新一郎(2006,『「学び」で組織は成長する』)は、組織内の人間関係が「ピラミッド型」ではなく「車輪型」であることが大切だと言っています。それは、上司を上に置くのではなく、さまざまなグループがフラットな関係でつながっている状態を意味します。

吉田はさらに、そこで求められるのは、次のようなことだと述べています。「できる日本語チーム」が長い年月をかけて、新しい教科書を作り続けることができたのは、まさにこうした基本的なことが備わっていたからだと思います。

・共有されたビジョンのもとでの主体的なコミットメント
・失敗を恐れないチャレンジ
・問いかけや試してみることを重視する文化
・トップダウンの意思決定ではなく、分散された意思決定
・状況に応じたリーダーシップの発揮
・プロ志向
・高い同僚性
・高い適応力と柔軟性
・不確実性をチャンスと捉える姿勢
・時にはぶつかることや交渉することも含めた対話

■教科書は作って終わりではなく、みんなで育てていくもの!
第一冊目の『できる日本語 初級』を手にした時、出版社のAさんから投げかけられた言葉は、今でも忘れられません。

「教科書を作るのは本当に大変なことだと思います。でも、大切なことは、教科書作りは、作ったら終わりじゃない、そこから、<みんなで教科書を育てていく>という意識を持つことが最も重要なんです。そうそう「子育て」と一緒ですね。これからも末長くよろしく!」

私は、「教科書をみんなで育てていく」という言葉に、これから自分がやりたいこと・やるべきことが明確になってきました。これからも、さまざまな教育現場で、作成者、使用者、学習者……みんなで対話を重ねながら、教科書を育てていきたいと思っています。そのことによって、自分自身が日本語教師としても、一人の人間としても育てられていくとは、なんと幸せなことでしょう!これからは、教育実践の共有を図りながら、さらに使用してくださる方々の二ーズを伺い、副教材をさらに作っていきたいと考えています。皆さま、どうぞ今後とも〈「できる日本語」家族〉をどうぞよろしくお願い致します!

 

 

 

 

 

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