ロシア出身のエフゲニーさんは、去年4月にイーストウエスト日本語学校に入学しました。初級1課からスタートしたエフゲニーさんですが、日本語に対する興味はどんどん膨らんでいき、11月に実施した「全校あげての俳句づくり」では、わくわくしながら俳句を作ることを楽しみました。
※俳句の世界では、季語は旧暦によるため、本来は11月は「冬の季語」になります。しかし、初級の学生さんもいることから、学校では、秋の俳句を作ってもらっています。
俳句を通した日台の交流活動
~イーストウエスト日本語学校の俳句コンテストを通して~
http://www.acras.jp/?p=10709 (2020.12.20)
■「黄金の秋」から「死の冬」へ
エフゲニーさんは、11月の俳句づくりがきっかけとなり、その後も、頭の中で俳句を考え続けているのだそうです。そこで、4月27日の授業後、エフゲニーさんと対話をすることにしました。
秋の道 燃え上がる森 死の準備
これは、故郷であるノリリスクの晩秋の森の姿を詠んだ句だそうです。ロシアには“黄金の秋(Золотая Осень )”という言葉があるように、紅葉でとても美しい景観が広がります。しかし、その短い秋が終わると、長い、長い冬がやっきます。そこで、エフゲニーさんは、長く、暗いロシアの冬の訪れを想い、下の句に「死の準備」という表現をもってきたのです。
「ロシアの冬の森」は、恐ろしいほど寒くて厳しいです。本当に「死」という感じです。
特に、故郷のノリリスクの冬は、そういうイメージです。
ノリリスクは、中央シベリア高原の北西部に位置し、冬の寒さは厳しく、2月の平均気温はマイナス35度に達することもあります。また、年によって違いはあるものの、1年のうち250日は雪に覆われた日になります。
■冬の2つの俳句~漢字が頭の中にいっぱい詰まってる!~
エフゲニーさんは、その後、冬の2句を作りました。
白い音 無限の静止 銀世界
寒波中 無色な世界 君以外
上の句は、一面雪におおわれ、曇天の日も多くなるノリリスクの冬を詠んだものです。明るい夏の日々とは対照的な暗い、すべてが静止したかのような日々に取って代われられます。また、寒波の中、どんよりとした色のない世界の中で、「君」の存在に光を当てたのが下の句です。「寒波中」は、「かんぱちゅう」と読むのだそうです。そんな冬の生活から抜け出したくて、日本留学を考えたとエフゲニーさんは語ってくれました。
いくつも漢字語が使われていることについて、ちょっと質問してみたくなりました。すると、こんな答えが返ってきました。
日本語を勉強し始めて、漢字にとても興味が出てきました。面白いですね。いつも
頭の中に漢字がいっぱい詰まっている感じなんですよ。
「漢字が大好き」というエフゲニーさんは、季語にも大変な関心を持ち始めました。俳句を作る時も、気に入った漢字があると、「その漢字を使った俳句づくり」を始めるのだそうです。
ロシアで日本語を勉強し始めた時、漢字は難しいし、好きじゃありませんでした。
でも、ある時気がつきました。漢字の中には、物語がある!っていうことに……。
■季語をもっと知りたい!~「銀世界」を知って、その場で一句~
ここで、エフゲニーさんと「季語との関わり」についてお話をしたいと思います。俳句づくりの授業では、学生さんは皆、先生から紹介してもらった「秋の季語」の中から、好きな季語を選んで俳句を作っていきました。そんなエフゲニーさんは、12月のある日、その日の担当だった森さんにこんなお願いをしたのです。
冬の俳句を作りたいので、冬の季語を教えてもらえませんか。
そのお願いを聞いて、森さんはその場で「セーター/マフラー/ストーブ/雪/銀世界/こたつ」などの季語を紹介したのですが~~~。なんとエフゲニーさんからは、「カタカナの言葉は、日本の昔の人たちは使いませんでしたね」という答えが返ってきたのだそうです。そこで、森さんは、翌日の授業を担当する深田さんへの「引継ぎメール」に、「『冬の季語プリント』を渡してほしい」とお願いをしたのです。
翌日、授業が終わってから、深田さんが季語プリントを手渡すと、エフゲニーさんはそれを見て、早速一句作りました。それが、先ほどあげた「白い音 無限の静止 銀世界」という俳句です。その時、エフゲニーさんの俳句づくりを傍で見ていた中国出身のクラスメイトは、「銀世界?あっ、中国語と同じ!中国語は、『銀白世界』です」と言いながら、楽しそうにエフゲニーさんの俳句を見ていたそうです。こんな先生方、クラスメイトとの対話、すてきですね!
■季語を見ているだけで楽しい!~俳句のトーンに変化が……~
「季語を見ているだけで楽しいです」というエフゲニーさんが自ら選んだ冬の季語は、「山眠る」でした。
山眠る 明日はいずこ 夢辿る
これまで作った俳句と少しトーンが違ってきました。それは、今抱き始めている「希望」の気持ちを入れた俳句を作りたいと思ったのです。「山眠る」は、季語の本をアレコレ見て選びました。「山眠るって、きれいな季語だな!」とすっかり気に入ったエフゲニーさんは、これを使って俳句を作りたいと思いました。春になると、「山笑う」「行く春」などの季語を使った、次のような俳句が生まれました。
山笑う 木々に降る星 第一歩
この句も「山笑う」という季語に惹かれて、作り始めました。冬が終わり、春に新しいものが生まれ出ることの「楽しさ・希望」を表したいと思ったと言います。「木の花は、まるで星みたいだ!」と表現し、それは「春への第一歩」だと言いたかったのです。
行く春や 深みにモグラ 笑ってる
「行く春や」で、春はもう終わった。「行く春」は、もしかしたら「青春」を表しているのかもしれないと思ったそうです。次に夏に行く楽しさと、「青春が終わった」という両方の気持ちがありますが、土の中にいるモグラには、地上のことは全く関係がありません。きっと土の中で笑っているのだろう、という思いを表現してみたのだそうです。
■俳句づくりって楽しい!~次は、夏の俳句を……~
エフゲニーさんは、俳句の魅力を次のように語ってくれました。
俳句は、読む人と作った人とで、自分の感情が違います。ことばには、たくさんの
意味があります。たくさんの人が自分が好きなように感じます。
最初、17しかない、短い俳句を知って「どうしよう?大変だ」と思いました。
でも、日本語には漢字があるから、短くても大丈夫なんですね。ロシア語だったら、
すごく長くなります。それがとても素晴らしいと思いました。
新しい日本語のことばを学んだら、そのことばを俳句で使いたいと思いました。
季語の本もいろいろ見ていて、たとえば「山笑う」という季語を見たら、
「どういう意味だろう?これで、何か俳句を作りたい」って思うんです。
授業で先生の話を聞いて、初めて作ったのは「秋の道 燃え上がる森 死の準備」
でした。私は、自分のこの俳句に感動しました。「自分の気持ちが出ている。
きれいな俳句だ!」と思ったんです。今でも、この俳句が一番好きなんです。
俳句を通して、いろんな先生とコミュニケーションできるのも、楽しいです。
エフゲニーさんが俳句を初めて作ったのは、去年の秋でした。そして、秋、冬、春の句が出来ました。夏の句はまだ作ったことがありませんが、夏になったら、「日本の夏」で暮らしながら、気に入った季語を使って、作りたいと張り切っています。1年には、春・夏・秋・冬と4つの季節があります。4つの季節の俳句を作ることは、「生きること」につながると言います。
<秋の俳句> 秋の道 燃え上がる森 死の準備
<冬の俳句> 白い音 無限の静止 銀世界
<春の俳句> 山笑う 木々に降る星 第一歩
さあて、<夏の俳句>として、どんな句が生まれてくるのでしょうか。
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【廣瀬 秀人さん】
エフゲニーさんと初めて会ったのはクラスの授業でした。俳句が上手な方がいるということは聞いておりましたが、実際に話したことはそれまでありませんでした。話してみると、俳句が好きと言うこともあるのでしょうが、漢字、そして日本語に大変興味を持っていました。そして新しいことばを知ると、それを単なる意味を表す記号として捉えるのでなく、イメージとして捉えている様子でした。そしてまた、今の日本人が安易に外来語を使うことを不思議に思い、とても残念がっていました。
彼の生まれた街はロシアの西端近くにあります。日本に来る前に住んでいた町もロシア北部にあります。日本から遠く離れた場所で生まれ育った彼が日本を好きになり、できれば永住したいとまで言ってくれていることに大変感激しますが、それと同時に、今の多くの日本人が忘れている日本語の深さ、面白さを感じてくれて、そしてそれを凝縮した俳句としてくれることに驚きと感謝を感じます。
彼の描く俳句の世界は新鮮ではあるのですが、同時にどこか親しみを感じられます。彼の句を読めば、すぐに彼が新しく俳句を心待ちするようになると思います。私も、彼の句を心待ちにしている1人です。彼が新しい句を紹介してくれて、その後、彼とその句について話しをする時間をとても楽しみにしております。
是非これからも彼には新しい句を詠み続け、日本語の美しさと楽しさを多くの人に伝えていってもらえればと願っております。