12月アクラス研修の報告「日本語学習を仕掛けよう! つながりが促す参加する学習」(講師:トムソンさん)」

12月のアクラス研修の報告レポートです。今回は、森万里子さんが担当してくださいました。とても詳しいレポートになっていますので、PDFもアップすることにいたします。

 

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 報告レポート:「日本語学習を仕掛けよう! つながりを促す『参加する学習』

      講師:トムソン木下千尋先生 (ニューサウスウェルズ大学教授)

            2017年12月15日 (金)18:30~20:30

報告者:森万里子(ヒューマン日本語学校 非常勤講師)

 

トムソンさん 『人とつながり、世界とつながる日本語教育』(くろしお出版)の著者であるトムソン木下千尋先生より、『外国語学習の実践コミュニティ 参加する学びを作るしかけ』が紹介され、研修会がスタートしました。

 

「参加する学習」や「仕掛け」という言葉に興味を持ち参加したという方もいらしたのですが、トムソン先生から「参加する学習で教師が楽にはなりません。」との第一声がありました。

 

〈今日のお話〉

「実践コミュニティ」「状況的学習」は社会文化アプローチの中にあるものであり、一般的な学習というよりそれぞれの皆さんが置かれている状況の下で学習が行われているという考え方なので、まずは海外のこと、オーストラリアのことをお話しして、それから社会文化アプローチのこと、仕掛けのこと、参加する学習のことについてお話しします。

 

〈海外の日本語教育〉

海外の日本語教育は国際交流基金の統計によると360万人程度の学習者が海外にいて、上位5か国の学習者を足すと大体4分の3くらいになってしまいます。オーストラリアは3位か4位あたり、オーストラリアのみ英語圏です。人口比では67人に1人が日本語を勉強している状況が20年以上続いており、かなりの人数の人があるとき日本語を勉強したことになります。

 

〈オーストラリアの日本語教育〉

オーストラリアの場合、中学と高校が一緒なので中等校と呼ばれ、大抵のオーストラリアの学習者は初級で、大学の学習者3%の中でも上級と言われる学習者は非常に少ないです。

もう一つ言えることは、日本語はオーストラリアの第一学習言語で、日本の英語と同じような立場にあります。小中等校の10人に1人が日本語を学習している、つまり学校で日本語を勉強するというのが普通のこととなっています。

 

〈UNSW, Sydneyという実践現場〉

 学生数が53,000人のうち、4分の1は120か国から来ている留学生であり、留学生を含めた学生の半分の家庭言語は英語ではありません。オーストラリアは移民の国です。

2017年度の日本語学習者数を見ると、1年生は450名で止めているが2学期になると180名に減少、その理由は一般教養や選択科目で取っている学生が多いということ、主専攻でやっている人は一握りということです。シドニーの場合、小中等校で日本語を学習している場合が多く、日本語の1年生ではなく、日本語の2年生、3年生に直接入ってくる人も多く、学年と日本語のレベルは必ずしも一致しません。450名の初級の中で一番多いのは工学部の男子学生、理学部も多く、商学部は女子学生も多いのですが、文学部は非常に少ないです。文学部だと主専攻にできるのですが…。

 

〈UNSWの日本語学習〉51fGOUl-yjL._SX350_BO1,204,203,200_[1]

一般的な文学部の学生の場合、日本研究を主専攻にすると、日本語科目を6つとり、3年で卒業します。初級から始める学生は1年生のABを取って3年生のABで終了、高校でやっている学生は3年生ABから初めて専門の科目、文学とかビジネス日本語などを取る学生もいます。1学期に4科目しか取らずにフルタイムの学生という点は日本の大学と大きく異なるところです。

フルタイムで一週間に40時間勉強すると仮定すると、4科目なので1科目につき10時間は勉強するという前提で宿題なり何なり出すことになっています。文学部だけで主専攻としている学生は少数で、複学位を取っている学生がほとんど、複学位の場合4年か5年になり、医学部の学生など7年になることもあります。複学位の方が就職に有利ということで日本研究専攻と言っても様々な学生が集まってきています。

いろいろなコースをネットワークしてつなげ、全体が日本語学習の実践コミュニティとなるような仕掛けを作り、プログラムを運営しています。学年間のつながり、シドニーにいる日本人とのつながり、インターネットを利用した日本の大学生とのつながり等様々なつながりを作って実戦コミュニティネットワークを行っています。

 

〈社会文化アプローチの学習の考え方〉

今までの考え方では学びとは個人によるものとされてきました。「社会文化アプローチ」の考え方では、学習とは社会的な営みであるとされ、他者と一緒に学ぶ、ものを使って学ぶ、あるいは事、イベントに参加して学ぶというように、何かと一緒に社会的な交流をすることにより学びが起こるということです。

一般的な学びというのではなく、必ずある状況下での学びであり、例えば皆さんの学びと私の学びでは状況が違うので一般化はできないという考え方です。「自転車に乗る」ということを考えてみると、社会的な学びとは様々な助けを得て何かと一緒に、交流しながら学びというのは起こっていくということがわかります。

 

〈ZPD:Zone of Proximal Development〉最近接発達領域(ヴィゴツキー)

世の中には、自分一人でできること、他の人の助けを借りてできること、それとできないことの3つのことがあります。他者の助けを借りてできることとは、自転車に乗るとき、補助輪を付ければ乗れるということで、この領域を(ZPD)と言います。

ZPDというところにスキャフォールディング(工事現場の足組)を与えることにより、自分一人でできることが大きくなり、自分一人でできるようになったら、スキャフォールディングを外す、そしてまた新しく他者の助けを受け、自分でできるようになったらスキャフォールディングを外すというところに「学び」が起こるという考え方です。

 

〈いい教室〉

いい教室とは、教室に様々な人、物、ことがスキャフォールディング、支えとしてあるということだと考えます。人、物、ことは「仕掛け」であり、それを配置する場所が「実践コミュニティ」です。

 

〈実践コミュニティCommunities of Practice〉ウェンガーの定義

日本語教育においては日本語を勉強することに熱意を感じ、日本語の学びに対する熱意を共有し、その分野の知識や技能を持続的な相互交流を通じて深めていく人々の集団という考え方です。

実践コミュニティにはコミュニティ、領域、実践の3つがあります。

〈コミュニティ〉

コミュニティとは社会構造を作っている「場」であり、そこで相互交流が行われ、信頼に基づいた関係が育まれます。メンバー同士が様々な関係を構築し、最初はちょっとだけの知り合いもだんだん良く知り合うようになり、そこの帰属意識が生まれるようになります。そこがコミュニティです。

 

〈領域〉

領域とはメンバーが大切だと思うことです。日本語学習の場合なら「日本語を勉強する」「日本語が上手になる」というのが共通の領域となり、そのために行動を起こすわけで動機付けもできてきます。例えば、最初は「日本語初心者」というアイデンティティだったのが、次第に日本語を一生懸命勉強していく間に「日本語上級者」というアイデンティティに変わっていくかもしれません。

領域に基づいた学習行動を行うことによってそれぞれのアイデンティティも変わり、発展していくと言えます。51NGm3UrPYL._SX352_BO1,204,203,200_[1]

 

〈実践〉

実践とはコミュニティが生み出して共有し、維持して、あるいは発展させていくコミュニティのメンバー

が共有している何らかの物事と言えます。

 

〈実践コミュニティは状況的学習が起こる場〉

レイヴとウェンガーによる肉屋と仕立て屋の徒弟の話で、オープンスペースで仕立てる行程を全部見ることができた仕立て屋の徒弟は徒弟から熟練工へ、新参者から中心メンバーになることができた、つまりこの仕立て屋こそ実践コミュニティです。

 

〈状況的学習〉

学習は個人が何かを獲得することという考え方をやめて、学習の実践や社会に参加すること、「仕立てる」という作業に参加すること、コミュニティのメンバーや人工物の関係を恒常的に再構築することです。つまり、徒弟は最初は一番下で何もできなかったが、新しい徒弟が入ってきたら今度は先輩になり、自分のアイデンティティが変わり、自分と親方との関係やメンバー間の関係が新しく再構築されていくことになります。

それらはコミュニティの中の実践に参加することによって起こるものと考えます。

 

〈正統的周辺参加〉

仕立て屋の徒弟も肉屋の徒弟も周辺的参加をしていましたが、仕立て屋の徒弟は様々な活動やリソースへの正式なアクセスを許された正統的参加であったのに対して、肉屋の徒弟はアクセスがなく、同じことの繰り返ししか許されていなかったという点で正統的な参加ではなかったと言えます。

周辺的参加は正統的な参加であれば、中心的参加へ移動することが可能であり、実践コミュニティは正統的周辺参加を促す場です。仕立て屋の徒弟は実践コミュニティの中で発展していくことができましたが、肉屋の徒弟はできなかったと言えます。

 

〈仕掛け〉

教室環境を作るという点で物理的な「仕掛け」が重要な役割を果たしています。

UNSWでは450名、25名のグループが17~18できるので、学生たちがグループで相談して自分たちのグループ名を決めます。組を作り、名前を決めることにより、組への帰属意識が生まれます。

名札を用意して名札係の学生が一人ずつ名前を呼んで名札を配布、毎回必ず回収します。交代で係をやることで、クラスメートの名前を覚えられ、初級でもカタカナを読みながら難しい名前も読めるようになります。名札を使用することでペア・ワークもやりやすく、名前を知るということは非常に大切なことだと思います。

教室の配置はペア・ワークやグループ・ワークを考えて、前を向いて並べるのではなく6人掛けの「島」にしています。

 

〈ジュニア先生プロジェクト〉 

コースレベルの仕掛けとしてのジュニア先生プロジェクトは、上級生が1年生のクラスに常駐する、一つのつながりプロジェクトで、初級クラスの先生方と上級クラスの先生方がつながって学生たちをつなげています。

ジュニア先生はペア・ワークやグループ・ワークの手伝いやモデル会話をしたり、1年生の質問に答えたりします。上級生はジュニア先生として活躍することにより自分が履修している科目のポイントになります。

一年目のクラス17クラスにおいて特に重要なのはジュニア先生トクラスの先生の会話を1年生が聞くことができる点です。話をするトムソンさん

 

〈ジュニア先生が1年生にもたらすもの〉

25名クラスにもう一人の先生が来てくれることで、ジュニア先生は1年生にとってもクラスの教師にとっても非常に助かる存在です。例えば、ペア・ワークで奇数のとき一人余ってしまうので練習相手をしてもらえたり、先生は評価の目がありますが、ジュニア先生は評価の目がないので学生としては安心してなんでも聞ける先輩です。1年生同士の会話あるいは先生と1年生の会話だけでなく、先生とジュニア先生の会話を聞くことにより日本語のバラエティが増えます。ジュニア先生は1年生の学生にとっては日本語力というだけでなく、様々な意味で立派なロールモデルになっています。

 

〈ジュニア先生が入ることで生まれるスキャフォールディング〉

学生がした質問に対して、通常、経験のある教師は反射的に答えてしまいがちですが、もしかしたら、学生の質問の本来の意味とは違っていることも考えられます。ジュニア先生は学生が質問してくると、経験がないので、どういう質問なのか真面目に考えます。そこに意味交渉の繰り返しが起こることになります。ジュニア先生はクラス運営をする必要はないのでじっくりと考えて質問に向かい、何回もスキャフォールディングを出すことができます。学生のレベルに合ったスキャフォールディングをジュニア先生がしてくれることも多いです。日本語を学習者として勉強した経験のない日本語ネイティブの先生の弱みを補強すべく、学習ストラテジーを提示し、学習経験の共有をすることが可能となります。

Q:ジュニア先生は優等生なんですか。

A:そうです。あまりできない学生は言ってきません。ジュニア先生はいくつかあるプロジェクトのひとつで、必ずやりたいと申し出てきた学生とは面接をして決めています。

私たち日本人は学生のロール・モデルにはなれません。Near peer role modelと言って学習者に近いロール・モデル、年齢が近い、人種、性別が同じといった自分に近いロール・モデルが非常に良いロール・モデルなのですが、私たち日本人はそれにはなれません。ジュニア先生はNear peer role modelになってくれていると思います。

〈ジュニア先生が得るもの〉

ジュニア先生も自分のクラスに戻れば25名中の一人ですが、初級クラスでは先生と本物の対話をしています。クラスの前後で先生と打ち合わせをして、本来の意味での日本語のコミュニケーションを行っています。初級クラスといっても教えるためには予習が必要で、初級の復習にもなっているわけです。また、中級あたりになるとスランプに陥る学生もいますが、初級クラスに行くことで自分の上達の確認が可能です。初級クラスの学生はジュニア先生のことを「先輩」と呼ぶことになっており、「先輩」と呼ばれることでその自覚とプライドを持つことになります

さらに、ジュニア先生をすることで自分のコースの成績に加点されるので、上級、初級、先生方にとってもwin-winの関係と言えます。これがうまくいくか否かは先生同士、初級の先生と上級の先生の仲がいいかにかかっています。

Q:ジュニア先生と1年生のインタラクションは日本語ですか、英語ですか。また、強制しますか。

A:強制しません。英語で質問してくることもありますし、説明が日本語では難しいときは英語でしてもよいことになっています。

 

〈キャップストーンコース〉話を聞く参加者

大学での学びと今後の社会での学びをつなげるようなコースを作るという大学からの要請をうけ、日本研究専攻の最終コースとしてできたのが、キャップストーンコースです。

様々な分野の学生がおり、日本語のレベルも多様な学生が集まっているという実情から「仕掛け」を作りました。学生にはグループで日本に関する研究をし、日本語で発表するというコース(1学期、13週間)の中で、研究会発表自体を主催するという仕事も与えました。

 

〈研究会発表の様子―ビデオ〉

司会者2名は上級生が担当し、シドニー日本人コミュニティの方々、総領事、商工会議所会頭等が来訪され、いろいろと質問のしてくださっています

学生は一人20枚ずつ名刺を作り、お客様と名刺交換、ポスターも作成しています。総領事館のフェイスブック、地元の日系新聞などにお知らせを載せてもらうなど、また、総領事へのご招待等のe-mailは学生が担当しています。

発表の内容としては今年は5グループあり、やくざ組「日本のやくざについて」、レインボー組「LGBTについて」、過労組「過労死について」、国際線組「ブラジルの日系移民について」、カムイ組「女子高生の制服について」というテーマでした。

日系コミュニティの方々からは「私たちも学ぶことがたくさんあった。」「日本に対して新たな視点を持つことができた。」などの感想が寄せられています。

Q:1学期に13週ということですが、時間で言うと何時間ですか。

A:1週間に3時間です。1学期に4科目しか取っていないので、10時間は勉強すべきなんです。授業は3時間ですが、10時間使っているという前提で物事が進んでいきます。

Q:10時間のうちに学生たちがあつまり、議論しながらやっているということですね。

A:そうです。それだけでなく、シドニー国際交流基金の図書館があり、4週目にはそこへ連れて行きます。4週目になるとテーマが決まりいくつか文献が決まるのですが、大学の文献では足りないところがあるので、国際交流基金の司書の方と相談しています。

「広島原爆」等、テーマによっては外国語で発表する苦労があります。特に3年目の非漢字圏の学習者などは日本語の文献を読むのは不可能に近いと言えます。その場合、上級の学生が得意分野を生かして文献を読む係になるなど様々な役割分担をしています。

発表会では毎年、「ベスト発表賞」(最優秀賞)と「ベストポスター賞」を選出しています。今年は「女子高生の制服組」が「ベスト発表賞」となり、学習者たちはそれぞれやり遂げた感を共有しています。

Q:賞の選出はどのようにしていますか。

A:投票用紙を観客が投票箱に入れ、集計の結果で決めています。評価票は教育学専攻の学生が評価票係として作成しています。出てきたコメントなどは学生にフィードバックして、得点を平均化し、各グループの得点としています。

Q:キャップストーンというのは自分の主専攻だけやればいいわけですね。

A:はい、そうです。

Q:例えば、細胞分子生物学を取っている学生は、副専攻であればキャップストーンは日本語?

A:それは主専攻です。文学部の中には副専攻がありますが、他の学部は主専攻をやっているので、学生は2つ目のキャップストーンを取っています。でも、同じ時期ではありません。

 

〈実践コミュニティとしてのキャップストーン〉懇親会

キャップストーンの研究発表会をやったプロジェクトは実践コミュニティの3つの要素「コミュニティ」「領域」「実践」がきれいに当てはまると思います。

発表会も8回目となり、恥ずかしくない発表をやろうという意識が芽生え、共通する価値観を持って頑張っています。実践は毎週の授業とMoodleというコンピュータ上のサポートポータルを使用し、学期の最初からすべての評価票が上がっていて、去年のサンプル、発表、前年のビデオ等、学生が見られるようにしています。

サポートチームもいます。今年は東北大のメンバー10名が7週間程度、短期研修でグループに入って文献を読むなど手伝ってくれました。英語使用を禁止しているわけではありませんが、東北大メンバーが来るとグループ間の会話が日本語になるという点で良いと思いました。

学生の中には積極的な学生とそうでない学生がいますが、積極的な学生はリーダーシップを発揮し、日本語の上手な学生はみんなの日本語を助けるなど、グループメンバーそれぞれが力を発揮できるところでやってもらい、できることをするようにしています。自分が活躍できる役割があるようにしています。

 

〈キャップストーンの仕掛け〉

グループも発表のグループだけではなく、発表運営グループもあります。名詞係、お客様係、写真係、広報係等、様々な仕事をした上で、様々なグループと関わり、グループ同士が交流してつながりがたくさん生まれています。すべてがオープンアクセスなので、状況の中にスキャフォールディングが山のようにあります。

 

〈UNSW実践コミュニティのネットワーク〉

このキャップストーンのコースで、最初はばらばらであった人たちが、コースが終わるころには一つになって実践コミュニティとして機能していたと思います。

一番最初は、グループ作りをする仕掛けを作ります。様々な学生がいるので、勝手にグループを作らせるとうまくいかないので、担当教師2名と専任の先生全員が集まり、グループ作りをしています。学生にはグループになりたい人、なりたくない人を秘密裏に書かせてなるべくうまくいくようにしています。グループを作ったら「共通項発見ゲーム」などでなるべく仲良くなれるようにして、その週の間に一度グループ全員で夕食を共にするように勧めています。この授業は金曜日の3:00~6:00なので授業後に一緒に夕食を食べに行けるわけです。一緒に食事に行くとグループがうまくいくので、学生にはこのコースのrequirement

なので行くようにと促しています。グループ内でもいろいろな係を作り、みんなが活躍するために役割を持てるようにしています。他のコースの学生も、1年生は会場係、3年生は受付係、上級生は司会進行役をしています。他のクラスの学生とのネットワークや学外とのネットワークを構築しています。

 

まとめ〈学習のメタファ〉

学習のメタファには「獲得メタファ」と「参加メタファ」がありますが、私たちが日頃親しんでいる「学び」というものの考え方は「獲得メタファ」です。今日のお話は「学習」とは参加すること、「参加メタファ」です。学習の目標はみんなが参加できる共同体を作ることであり、「学習」とは共同体の参加者になって参加することです。

一般的には学習者は先生から何かをもらう人です。学習者は最初は周辺的に何かに参加している人であり、先生は知識を与える人ではなく、そのコミュニティにおける「先輩」です。知識概念は誰かの所有物ではなく、コミュニティにおける実践、語り、活動、タスクです。知ることは所有しようということではなく、共同体に属すること、あるいは参加すること、そして相互交流することになります。教育の目標は教育の効率化ではなく学習を支援することです。「参加メタファ」は「獲得メタファ」に比べるとわかりにくい、「参加メタファ」では一般的なテストは難しいのでなかなか受け入れられにくいというところがあります。「参加メタファ」の中で評価まで行うようにしていますが、難しいところがあるのは否めません。

テストというのは自分が何かをできるということをはかることです。これには「自分一人でできること」と「他者の助けを得てできること」の二つがあります。私の意見では、他者の助けを得てできることも自分ができることだと思っています。今の一般的なテストはそれをはかっていません。日常生活を考えてみても自分一人でできることはほとんどないと言ってもいいのではないでしょうか。いつも誰かに助けてもらったり、道具を使ったりして日々の生活を送っています。それが教育現場には反映されていないと思います。

 

☆カムイ組「日本の女子高生の制服」発表

 

Q:長時間かけてのプロジェクトですが、ぺーパーは作らないんですか。

A:プログラムは作っています。発表の要旨、発表者全員にプロフィールと写真が載っています。

Q:個人が提出しているものはないんですか。

A:ないです。これは発表会ですが、その過程では個人がいろいろなものを提出してきています。Moodleで共有するのでみんなが見られます。

Q:評価はどうなるのでしょうか。

A:このコースはたくさんいろいろな評価があり、個人の評価もグループ評価もしています。クラス全体の評価というのもあります。発表会に対してのお客さんの評価でクラス全員が同じ点をもらう部分があります。

グループ評価はグループでテーマの発表をしたり、グループでテーマの中間報告をしたりとか、グループで行う活動に付けています。個人評価は発表における個人の発音などです。ピア評価も行っていて、グループ活動に100点の持ち点があるとして5人のグループメンバーにそれぞれどのように振り分けるかというのを極秘で全員に書いてもらっています。結構コンセンサスを得る結果が出ています。

Q:中には100点満点の中で、自分が80点、あと4名は5点ずつという評価も出てくるのでは…、その時教師はどうしますか。

A:自分に80点付ける人はいません。むしろ、この人はこんなに頑張っているのに自分に低い点を付けているなというほうが多いですね。結構皆なるほどという点を付けてきます。いろいろな評価があり、ややこしいですが、コース最初にはMoodleにあがっているのでどのように評価されるか、学習者は分かっていますので、予測がつくと思います。

Q:それまでにもグループ評価というのは経験していますか。

A:しています。非常に大事な点としてこういうことをやってうまくいく土壌というのがあります。専攻の最終学年の最終学期ですからそこに来るまでにうちのプログラムにいた学生たちなんです。つまりずっと「参加型」でやってきている学生です。急に来て急にやれと言われても難しいと思います。一年生の時からいつもグループ・ワークをやってという経験を積んだうえでこのクラスに来ている学生です。

Q:評価をオープンにすると発音がどうのとか、傷つく学生がいると思うのですが…。

A:うちの大学はエリート校ですし、よくできます。打たれ強いです。

Q:ちゃんと受け止めるということですか。

A:受け止めるというだけではなく、「こういう風にしたらいいのではないか」というところまで必ず提示します。

Q:テーマによって私たちがわからないテーマについての発表もあるかと思いますが、個人発表で講師に知識がなく困ったことがあります。びっくりするようなものが出てきたとき調べて何とか対応したのですが、あまり好きな言い方ではありませんが、教師の負担という面ではいかがですか。

A:毎年新しいトピックが出てくるので、結構勉強します。それはそんなに負担ではないかもしれません。それより大変なのは学生が選んでくるテーマがちゃんと研究として成り立つような形に持って行く方が難しいです。知識がないということだけでなくどういう枠組みで研究として成り立たせられるかということを一緒に考えるのが難しかったです。

「過労死」の場合、聴衆が日本の方たちで企業の方がいらっしゃるので(あちらの方が)専門家であり、そういう方々の前で話すということを自覚して、なるほどという部分を入れ込むということで、オーストラリアの判例を入れて、オーストラリアでは「過労死」というものがどのように認識されて扱われているのか、日豪比較のような形で行ったことがあります。かなり私たちも勉強させられます。

難しい言葉も結構使っていますが、テーマの発表、中間発表もし、帰ってきたものは読んでいるので、学習者同士はずっと一緒に積み上げてきているので、分かっています。

Q:二つ質問があります。まず、発表の内容はイメージ(スライド)先行か、発表原稿先行か。英語環境において日本語の能力差ではなく、意識のレベル差はどうかということです。

A:グループによって違います。原稿のスライドも何回も提出してきて相談しながら作っていきます。グループの中にスライドの得意な学生がいると先に出してくるといった具合で様々です。意識の差については、初級450名の中では様々であり、意識の差はあります。専攻の学生用コースが作れない大学では仕方がないと思います。「もう卒業するのでこれ一つで終わり」という学生でも面白いコースをすればのってきてくれて一緒についてきてくれます。それは専攻か否かにかかわらず、それぞれの学生の問題とそのコースがどういうコースかに関係していると思います。

Q:1年生や2年生の授業の場合、学習のメタファ「参加メタファ」のところで、教師は「熟練した参加者(先輩)」となっていて、所謂「教師」のことでジュニア先生ではないと思いますが、具体的な教師の役割はどういったものになりますか。

A:非常に的を射た質問だと思います。実践コミュニティの考え方がピュアな意味での言語のクラスに当てはまるかどうかというのは未だ議論されているところです。キャップストーンの場合は実践コミュニティになりやすいレベルです。初級の場合ほとんど全員が先生以外は新参者であり、これを実践コミュニティと呼んでいいのかということは議論があるところですが、実践コミュニティに近いものに持って行けると思います。そのためには先生はモデルを提示するとかクラスの中で様々な活動がうまくいくようなお膳立てをするとかそういった役割を担っているんじゃないかと思っています。

Q:モデルを提示するということについて

教師あるいは先輩との差が初級の場合は大きく、あまり近くない先輩となり、モデルを提示してもあまりにもギャップがありすぎてモデルになるのだろうか、先輩として見てくれるのだろうか、あまりにも遠い存在になってしまうのではないか。

A:特に日本人の先生の場合はそうだと思います。ですから、ジュニア先生が来てくれることがとてもいいことだと思います。自覚がないというかネイティブ・スピーカー神話のようなものがあってネイティブ・スピーカーならすべてよしみたいなものがあると思いますが、それは絶対に違います。ネイティブ・スピーカーであるが故の弱点というのが沢山あるということを我々は常に意識していないといけません。

Q:実践コミュニティに初級の中で近づけるにはどうしてもタスク・ベースが多くなりますが、漢字をやるのもコミュニティですが、どうしても成功的な実践コミュニティとなるといろいろなタスクを考えていかなければならないのでは…

A:初級でも係を作っています。うちの場合、漢字圏、非漢字圏が一緒になっているんです。大学の規定で別々に分けられないんです。「漢字の先生」という係を作っています。漢字の先生が自分のグループで漢字のわからない学生を受け持って、その人が教える責任を持たされています。漢字の先生は自分が教えるということでうれしくてたまらないという状況ですが、たまにその漢字の先生が間違えていたり、それを自覚したりすることもあります。様々なことが初級でもできます。完璧な実践コミュニティにはならなくても何らかの形で近づけていくことはできると思います。

「日直さん」というのもやっています。日直さんは宿題のチェックをし、持ち回りでやっています。(教師は後ろで見ています。)日直さんがやっていると学生は一生懸命答えてくれます。

Q:「日直さん」を「今日の先生さん」としてすべて学生だけで回すというのはどうですか。

A:いいと思います。ただそれはそれをやるだけの準備が大変です。初級ではなく中級3年生のクラスで100名くらいいるので大講義があります。それから25名クラスが4つ、各クラスが担当を持っていて今週は私のクラスは音読担当という形でやっているところもあります。それが動くのは小さいクラスで音読の問題をみんなで考えるというタスクをやらなければならないです。全体的にどういう風に仕掛けを作って回していくかということになります。それにはネックになるのは先生方の協力体制なんです。

Q:先生方の連携というのはものすごく大きいと言う訳ですか。

A:そうです。

Q:皆さん賛同されているんですか。

A:はい、今は。でも最初は大変でした。私はもう24年いますから最初はバトルでした。変な先生が来た!みたいな感じで。(笑) 私が一番後に来たのですが、上に乗っかったので説得しやすかったと思います。

 

〈最後に一言コメント〉

・初級からでもグループ活動をしているが、もっとつながったものになるのではないか、自分で考えてみたい。

・個人的には学生を先生役にしたりというのはやっているが、やはり先生同士での連携が難しいというのを実感していたので、また再度「先生方に提案してみたいと思う。

・いろいろと仕掛けをして全体を見ながら、細部を見てやっていきたいと思う。

・あと残り3か月で卒業するクラスで自分たちで考えて何かをできるという活動のヒントをいただいた。

・自分たちで係を作るというのがよかった。

・肉屋と仕立て屋の話が印象的だった。オンラインでもそういったコミュニティを作ることができるのではというヒントになった。

・人は存在価値があるとか、誰かの役に立てると嬉しいものなんだと思い、何かその活動がうまくいくお膳立てができたらいいなと思った。

・いろいろなプロジェクトはいいなと思うが、やはり教師間の連携が必要でここができなかったらいいプロジェクトのアイデアがあっても全然できないと思った。

・教師の中でもリーダー的なそれぞれの責任を持つパートみたいなものを決めてやっていかないと学生に落としていくのは難しいのではとまた一つ課題ができた。

・「参加する学習」にとても興味があり、その仕掛けの大切さとはと思い、もっと掘り下げて考えねばと思った。さらに、社会文化アプローチと学習の考え方について勉強する必要があると思った。

・今日のワークはとても面白かったが、「勉強する学生」である。「勉強しない学生」をいかにこの参加型学習に導くか、ちょっとできたことはあるが、もっと研究する必要があると思った。

・「できることには2つある」という点、そのうちのひとつ、他人の助けを得てできることも自分ができることのひとつであるという話が印象的だった。

・仕掛けの中に個人の気付きを作れるような継続的なモチベーションをうまく作れるように、これから日本人一人でどんな風に協力した体制を作っていけるのか考えていきたい。

・学習者というより教師の連携ということを今後考えていきたい。

・以前から知りたかったオーストラリアの日本語教育事情が分かって感動した。

・「参加メタファ」という言葉の意味が少し分かってきた。他者の力を借りてできることもできることという概念が分かった。

・「ものづくり」という全学横断のプロジェクトを実施し、学生が委員会を組織して参加している。言葉の方にも応用できるのではと思い、参考にさせていただきたい。

・実践コミュニティをどう作るかに興味があったが、マニラの中等教育の日本語教師研修の中でそれを何とか作ろうと4年半頑張ったがまだ難しいとこところもある。今日のお話で自分の頭の中の整理ができた。

 

〈トムソン先生より〉

全部参加メタファで最初からできないので、小さいところからでいいのでそれが徐々に広がっていくような感じです。私はこれを20数年やった上での形ですから、最初はバトルがありました。小さいことで成功したら、それを同僚に見せて「こんなことができる」と仲間をだんだん増やしていくといった感じでしょうか。

 

 

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