12月に実施したアクラス研修「持続可能性(sustainability)を視野に入れた日本語教育~アクターとして問われる資質~(宮崎里司さん)」の報告記事をお送りします。今回は、敷浪のぞみさんが書いてくださいました。とても詳しく、2時間の研修内容を記してくださっています。どうぞご覧ください。
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報告者 敷浪のぞみ(早稲田大学大学院 日本語教育研究科修士課程)
アクラスの研修室は、日本語学校の教員、大学院生、基金職員、大学教員、EPA事業に携わった方、公立の学校における派遣事業に関わっている方など、様々な場で日本語教育や関連領域に関わる参加者の皆さんでいっぱいになりました。
私は、今回のご報告書を書かせていただくことになった、敷浪と申します。私は宮崎先生の研究室に所属している修士課程の学生です。宮崎先生のお話は普段から授業やゼミで聞くことができるのですが、研究科というコミュニティの外で宮崎先生が発信されること、発信される方法、宮崎先生の話を聞きにいらっしゃった方々との交流、そこで生まれる対話を目撃したいという半ば不純な動機で参加しました。研修会が始まる前に宮崎先生が「今日は、学校ではしない話もするぞ」とおっしゃっていたので、私もわくわくしました。
研修会の最初は、「生の宮崎先生に会いたい!」「日本語教育の最新事情を知りたい!」「様々な現場の日本語教育を知りたい!」などなど、皆さんの自己紹介と興味を共有しました。
今回の研修会のキーワードはSustainability(持続可能性)です。このキーワードは日本語教育の文脈では見慣れないものだと思います。これは、環境問題の分野で良く使われる言葉ですが、社会的、経済的分野にも広がりつつあります。
目まぐるしい社会変化の中で、日本も移民政策に目を向けなければならない状況が起こっています。このような社会状況の中で、日本社会の一員である私たち日本語教育の関係者は「外国人に同化を求める」態度のみでこの状況を切り抜けられるのでしょうか。従来日本語教育が対象としてきた外国人への働きかけだけでは不十分なのではないか、持続可能/Sustainableな日本語教育とは何か、「私たちはどのように変わればよいか」という問いから、研修会が始まりました。
研修会では、先生の行われている過去・現在の実践と、そこからの先生の課題提示を前半と後半に分けて拝聴し、そのあとに参加者との質疑応答が行われました。以下、先生の実践とそこからなされた提言、示された課題を挙げます。多岐にわたる話題が紹介されましたので、観点を整理してみました。
① 日本語教育の産官学連携
・ 株式会社SUMIDA:インバウンドのムスリムのためのハラール弁当の開発・スカイツリーだけではない墨田区の文化・特質を観光客に発信する事業
⇒日本語教育などの視点を持つ人文社会学系教員による、外国人に関する総合的な「御用聞き的」ビジネスコンサルテーションの提案
・ 大学の役割:大学の4つの役割(教育・研究・アドミニストレーション・社会貢献)
⇒社会貢献を意識すべきである。
・ 大学のSustainability:入口も出口もゆるくなりつつある高等教育機関の質をどのように担保しつづけるのか、という問題。
⇒高度人材育成の観点からの発展研究が急務
⇒日越大学設立事業の理念
② 日本語教育の社会的文脈とのつながり
・ 外国人技能実習生の日本語習得
・ 公立中学校夜間学級で学ぶ外国人義務教育未修了者への教育
・ 医療福祉の領域で役割参加する外国人(EPA看護師・介護福祉士や日配の介護ヘルパー・介護分野の技能実習生等)の日本語習得
・ 外国人受刑者の日本語習得と日本社会へのリエントリーの問題
・ 行政への働きかけ:例)介護福祉士国家試験のルビ付きの実現
⇒各機関の日本語教育関係者が点で存在し、つながっていない。
⇒社会の文脈とのつながりを意識しなければいけない。
⇒日本語教師は御用聞き的立ち回り方をするべきではないか(アウトリーチ型日本語教育:日本語教育の外の領域から声がかかるのを待つのではなく、こちらが外の領域に出て行って日本語教育の必要性を提示する)。
・ 日本語教師がどう働くのか
⇒有償・正規雇用で働く日本語教師を増やさなければいけない
・ 日本語教育内の連携
⇒日本語教育予備教育機関と高等教育機関、異なる機関の日本語教師同士、高等教育機関における日本語教育担当者と専門領域担当者などの連携が必要
・ 誰が日本語教育に関わるのか:日本語を教えるのは日本語教師だけか?
⇒様々なレベルでの連携が必要とされている
④ アーティキュレーション(連続性)の重要性
・ 介護・看護分野に関わる日本語教育における訪日前研修と病院・施設での研修
・ 国家試験合格のための日本語学習だけでは不十分なのでは?
⇒誰が日本語教育に関わるのか:日本語を教えるのは日本語教師だけか?
日本語教師を派遣することもできるが、現場と問題を学習者と共有する人(日本人職員=看護・介護の専門家や刑事施設の刑務官)が日本語を教えられるようにすることが理想的ではないだろうか?
⑤ 「日本語教育は誰のためか」という問題
・ すみだ日本語教育支援の会:地元の高齢者(ボランティア)―介護施設―外国人介護従事者のそれぞれがWin-Winになるようなスキームの開発
・ 外国人が日本語を学ぶことで恩恵を受けるのは誰なのか
⇒日本語教育は一般的に外国人のためであると思われているが、外国人が日本語ができるようになることで恩恵を受けるのは、日本人、日本社会ではないのか。
⇒「日本人への日本語教育」を考える必要性
以上のような、様々な観点、様々なレベル、様々な対象者に関わる日本語教育の実践が紹介されました。情報量が多く、参加者の皆さんは先生の多岐な分野にわたる事例紹介と課題提起に首肯もしつつ、圧倒されてもいたのではないでしょうか。先生の実践は一見バラバラのものであるように思われても、その根源にある考え方は「請負型の日本語教育から創出型へ」という先生のお言葉に表れていたと思います。何を隠そう宮崎研究室所属の私自身も、先生の様々な研究活動の根底にあるお考えをはっきり聞くことができて、理解が深まりました。
宮崎先生のお話は「日本語を母語としない外国人と、どのようにともに成長すべきか」という課題提起によって終わりました。
続いて、質疑応答では以下のようなやりとりがなされました。
Q:受刑者の日本語教育について。長期滞在ビザを持たない受刑者の出所後のモチベーションをどう保つのか。
A:よくある質問として、「海外に移送される受刑者の教育をどうして日本がしなければいけないのか?」というものがあるが、日本語を通して技術を学べば、母国への移送後に職に就くことも可能になる。これは一つの貢献になるのではないか。
Q:いろいろなアイディア。実際に政策に訴える活動をしている点が素晴らしい。
A:今は教職課程に日本語教育を組み込むべきではないかと考えている。他分野の人が日本語教育を学べる場・機会が必要なのではないだろうか。
Q:すみだ日本語教育支援について。ボランティア頼みの活動が長続きするのか。
A:資金が少しずつ集まるようになった。今後の課題は、ボランティアの方々が日本語教育の知識を得られるようにすること。
Q:なぜ日本語教育能力検定試験に、このような社会的な問題は出題されないのか。
A:問題作成から出題の過程で、社会情勢が変わってしまうため、このような問題は敬遠される傾向がある。しかし、社会情勢が変わることに敏感になることが必要なのであり、社会的観点の問題は必要なのではないか。
さらに、研修会の最後には全員で一言ずつ感想をシェアしました。
「受け身ではいけない」
「『創出型』日本語教育に共感した」
「市民レベルの取り組みが広がると良い」
「日本語教育の必要性を示す必要がある」
「お金をもらえる説明の仕方が必要」
「産官学連携を考えていきたい」
「外国人のニーズをキャッチするには日本語教師側に知識が必要」
「普段目に見えない、刑務所のような場で行われていることを知ることができた」
「日本語教師が一人で頑張っているだけでは足りない。地域の資源を活用すべき」
このように、すっかり皆さん宮崎先生のファンになられたのではないでしょうか。
研修会・懇親会を終えて
私は今回、初めてアクラスの研修会に参加しました。研修会・懇親会を通して改めて感じたことは、嶋田先生の人と人とをつなげるお力です。嶋田先生のお立ち回りは、まさに宮崎先生がおっしゃっていた「連携」「アーティキュレーション」の1つの形だと思います。今回の研修会への参加者は狭い意味での日本語を教えることに関わっていない方もいらっしゃいましたが、日本語教育という接点で私たちが集まったことにこそ意味があり、日本語教育のSustainableな発展への鍵であるように思われました。個人的な話で恐縮ですが、私がアクラスの研修会に参加するきっかけも、嶋田先生のご紹介によって、すぐに仲良くなった大学院の同期の誘いでした。
私も、宮崎先生のお話を拝聴し、自分でも改めて「日本語教育の社会性」という課題を再考しました。今後の課題は、日本語教育を様々な領域に「輸出」すると同時に、その領域において「日本語教育だからこそできることは何か」を考えていくことだと思います。
資料② 新聞資料 F指標日本語に難あり 日経 13Feb15
資料④ 新聞資料 介護ゼロ 朝日 Webronza 04Nov15
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