海外だより<コロナ禍に向き合う>第15回 「ブラジリア大学の取り組み-ブラジリアの現状を踏まえて-」(向井裕樹さん)

海外だより<コロナ禍に向き合う>第15

「ブラジリア大学の取組ーブラジリアの現状を踏まえてー」

    2020年10月 向井裕樹さん

 

 

新型コロナウイルス感染症の拡大による影響は世界中に広がっています。   

それぞれの国・地域では取り組み方も違えば、人々の行動の仕方も違います。   

そこで、海外で暮らし活動をしていらっしゃる方々から、「現状、取り組み方、

特長など」について伝えていただきたいと考えました。

                                          

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海外だより<コロナ禍に向き合う>第15回

「ブラジリア大学の取組ーブラジリアの現状を踏まえてー」

    2020年10月 向井裕樹

PDF → 海外だよりブラジル向井裕樹

 

1月末,偶然にも日本にいた私はテレビのニュースで新型のウイルスが中国の武漢で発生したことを知りました。丁度勤務地のブラジリア(ブラジルの首都)に戻るところでしたので,家族と「ブラジルは遠いから大丈夫だね」と笑って話していたのが,今となっては嘘のようです。

 

2月に入り,21日に在ブラジル日本国大使館から初めて「新型コロナウイルスに関する注意喚起」というメールを受け取った時も,まだ他人事のように考えていました。そんな中,26日にサンパウロで初の感染者が保健省により発表され,3月16日に初の新型コロナウイルス感染による死者が報道されます。それでも,サンパウロはブラジリアから遠いから(サンパウロ-ブラジリアは約1000㎞)大丈夫かもしれないと安易に考えている自分がいました。

 

ところが,3月の半ばから事態は急速に悪化していきます。南米周辺国との国境が閉鎖され,3月19日にはブラジルへの陸路のみならず,日本を含む36カ国からの空路による入国を禁止する旨の政令が発出されます。同時にブラジリア連邦区では,公私の小・中学校,高校,大学の休校,映画館,劇場,ショッピングセンター,市場,動物園,公園,ナイトクラブなどが全面的に閉鎖されていきます。それを機に,世間では「普通の風邪ではない」といった認識が広がっていきます。

 

一方,本学(ブラジリア大学)は,丁度3月9日に新学期(前期)が始まったばかりであったのですが,ブラジリア連邦区知事が全ての学校(公私の小・中学校,高校,大学)で11日から5日間の間,対面での業務を停止するように命じます。まだこの時点でも16日の月曜日から授業が再開されるのではないかと甘く考えていたのですが,14日に本学学長室とブラジリア連邦区から相次いで,15日間の間対面による全ての業務を停止するように命じた政令が出されます。そのため,我々教員も学生も3月の中旬から大学の方には行けなくなりました。このことから,本学とブラジリア連邦区はかなり早い段階で事態を重く見ていたことがわかります。

コロナ禍で良い影響もありまして,大学がMicrosoftと契約を結び,3月から全教職員と全学生が無料でMicrosoftのOffice365が使えるようになりました。そのため,3月はオンラインで授業を行うこと(もしくは課題を与えること),全ての対面での会議を中止すること,大学院の最終口頭試問はオンラインで行うか延期することといった通知が教育研究評議会(最高意思決定機関)から出されました。とは言え,どのようにオンライン授業を行えばいいのか,右も左も分かりませんでしたので,私は学生に課題(レポート)を与えることから始めました。そうこうしているうちに,ネットにうまく繋げない学生の間からオンライン授業を続けるのは不公平であるので中止してほしいといった運動が勃発します。恐らくその影響を受けたからでしょうか,23日に今学期(前期)の学事暦を当分の間,一時的に「停止する」といった通知が教育研究評議会から出されました。それにあたり,すべての授業(非同期型活動も不可)が一時的にストップすることになりました。ただし,会議や大学院の論文審査会(ディフェンス)などは引き続きオンラインで行われました。論文審査会は,審査委員と審査を受ける学生と聴衆が全員オンライン!で参加するという初めての形態で行われ,大変新鮮でしたが,慣れない環境のもとで審査を受ける学生はいつも以上に緊張していたようでした。私が所属する文学部の教授会には60名以上の先生方がGoogle Meet(9月以降は,Teamsで行われている)で参加するのですが,ネット環境があまり良くないので,会議中画面が凍ったり,ネットが落ちたりすることがあります。こちらはまだADSL回線が主流ですが,このパンデミックでホームオフィスをする人が増えたために,光回線を扱う会社が増えてきました(これもコロナ禍の良い影響かもしれません)。

 

3月22日にブラジル政府は,全土が共同体感染状態である旨を宣言する政令を発表し,各航空会社は,ブラジル出発便や日本への帰国便も含め,減便・運休の措置をとっていきます。(個人的にはもう今年は日本に帰れなくなるんだなと寂しく思いました。)3月25日からサンパウロ市ではロックダウンが始まり,外出制限が出される一方,ブラジリアでは不急不要の外出を控えるようにといった条例が出されました。スーパー,ガソリンスタンド,コンビニ以外の全ての商店が閉まりましたが,大きな混乱は起こりませんでした。こちらでも3月下旬には,アルコール消毒液とマスクがどこの薬局でも品切れで購入できなくなりましたが,スーパーは通常通りに営業していましたので,特に不便な生活を強いられることはありませんでした(トイレットペーパーも普通に買えました)。お店の人がマスクをするようになったのもこの時期です。ブラジルではマスクをする習慣がないので,その光景はとても新鮮に映りました。また,同じ時期に車の交通量が極端に減り,街がゴーストタウン化しました。

 

4月30日に連邦区では外出の際のマスク使用が義務付けられました。また,5月11日以降マスクをしないで公共の場にいると,2000レアル(当時の換算レートで約4万4千円)と高額の罰金が科され(罰金の金額は各州により異なります),また,マスクをしないと,お店に入ることも公共の乗り物に乗ることもできなくなりました。お店に入る前に検温され,アルコール消毒液で手を消毒してからお店に入らなければなりません。これが「ニューノーマル (novo normal)」となっていきました。

パン屋の入り口に置かれたアルコールジェル。手を上の部分にかざして、下方にあるペダルを足で踏んでアルコールジェルを出します。

パン屋の入り口に置かれたアルコールジェル。手を上の部分にかざして、下方にあるペダルを足で踏んでアルコールジェルを出します。

病院の待合室の椅子。ソーシャルディスタンスを保つため、座れないところにシールが貼ってあります。

病院の待合室の椅子。ソーシャルディスタンスを保つため、座れないところにシールが貼ってあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レストランなどの飲食店では,イートインすることができなくなってしまったので,テイクアウトをするお店やお弁当屋に様変わりしていきました。

 

お弁当は、主に牛肉、鶏肉、パスタ、ベジタリアンなどから選べます。写真は牛肉の例。

お弁当は、主に牛肉、鶏肉、パスタ、ベジタリアンなどから選べます。写真は牛肉の例。

 

 

 

 

 

5月22日にブラジルは新型コロナウイルス感染者数でロシアを抜き,世界第2位になりました。この時点で感染者数は33万人を超え,死者数は2万1千人にのぼりました。このような悲惨な状況であるにも関わらず,ブラジリアでは,5月下旬から経済活動が少しずつ再開されていきます。ショッピングセンターは,定められた安全措置を講じた上で,5月27日以降,13時から21時までの営業が許可され,6月3日には映画館や劇場の部分的再開の許可が公布されます。6月17日からは市場が一定の条件下で営業することが認められ,18日からは博物館への訪問が許可されることになります。ただし,教育機関における「対面の」教育活動は,期限を定めずに引き続き停止されました。それがわたくしども教育関係者にとっては何よりの救いでありました。

 

6月に入ると,大学は本格的に授業再開について検討をし始めました。授業の再開に向け,様々な委員会が設けられ,慎重にどのような形で授業が再開できるのか,また,オンライン授業になった場合,パソコン機器やネットがない学生はどうなるのかといった問題について話し合われました。副学長をトップに組織された授業再開調査委員会は,全学の教職員と生徒にPCやスマホの有無,ネット環境について詳細なオンラインアンケートを実施しますが,そもそもスマホやネットがない学生はそのアンケートにすら回答することができないといった批判も出ました。また,それと同時に我々日本語専攻科の教員も独自のアンケートを学生に実施し,同専攻科の学生のPC・ネット環境に関する実態調査を行いました。私が自分の生徒に行った調査では,9割方の学生からPC・ネット環境に問題がないといった回答が得られ,ホッとしたのを覚えています。

 

7月になると,PCやスマホなどがなくオンライン授業についていけない学生のために,使っていない機器の寄付や貸出しキャンペーンが学内で行われました。また,わたくしども教員の多くはオンライン授業を行うことに全く慣れていないため,6月から7月にかけて,オンライン授業についての講習会,MoodleやMicrosoft Office365のTeamsの使い方などのワークショップやライブが頻繁に行われました。そのため,通常のオンライン会議に加え,講習会などが増え,一日中パソコン画面を見ている日々がひたすら続きました。

 

世間(ブラジリア)では,7月から美容院,理髪店,ネイルサロン,スポーツジム,バーやレストランの営業が認められるようになりましたが,まだ早すぎるのではないかといった批判もありました。そんな中,7月7日にボルソナロ大統領自らが,新型コロナウイルスの検査を受けて陽性であったことを公表し,世間を賑わせます。

 

7月17日に,中断されていた今学期(前期)が8月17日に再開されることが教育研究評議会で決定されました。この時期,我々教職員は,毎日のように慣れないオンライン会議があり,かなり目が疲れていたのを覚えています。そんな中,担当している科目の授業計画書をオンラインコース用にアダプトせよといった通知を受け,1週間以内に作成したものを学科長に提出し,更に教授会で承認を得なければいけなくなりました。そもそもオンライン授業の計画書を書いたことがなかったのでかなり戸惑いましたが,同僚の助けもあり,同期型,非同期型活動でどのように授業を行うか詳細に記したものを提出することができました。

 

8月に入り,待ちに待った前期の授業が再開されました。今年は特例で学生が損をすることなく休学や科目をキャンセルすることができるようになったため,生徒の数が減るのではないかと危惧していましたが,幸い日本語学科の学生数は予想に反し減少しませんでした。恐らく,学生(特に新入生!)のモチベーションが下がらないようにと,7月から同専攻科教員全員と学生との間でミーティングを何回も行い,今後のこと(授業のやり方や事務的なこと)について色々と話し合えたのが良かったのかもしれません。

 

前述したとおり,大学がMicrosoftと契約を結び,3月から全教職員と全学生が無料でMicrosoftのOffice365が使えるようになったため,主にMicrosoftのTeamsを使用してオンライン授業を行っています。実際にTeamsを使ってみると,講習会を受けた時に思い描いていたものよりもずっと便利であることが分かりました。オンライン授業のほかに,教師による課題の作成・指示,学生による課題の提出,教師による課題の訂正(フィードバック)・評価(点数)まで一環してTeamsアプリ内で行うことができます。TeamsではMicrosoftの他のアプリも使用でき,例えばOneNoteでメモを取って皆で共有したり,Formsで試験問題を作成して課題としてアップすることもできます。選択問題などは自動集計してくれるので,採点の時間も省けるかもしれません。採点だけではなく,何と言っても通勤や通学の時間も節約できる利点があります。

ただし,いくらTeamsが便利であるとは言え,やはりインターアクションにおいては違和感がぬぐいきれません。こちらが頼んでも学生はなかなかカメラをオンにしてくれません。カメラとマイクをオフにしていると,実際にそこに学生がいるのかどうかも分かりません。「~さん,(そこに)いますか?」「いたら,答えてください。」といった奇妙な(霊的な!?)やり取りが続きます。対面授業ではすぐに教室の空気を読むことができても,それがなかなかオンライン授業ではできないもどかしさもあります。

「日本語教授法」の授業風景。この日は頼んだら多くの学生がカメラをオンにしてくれました。生徒の了解を得て掲載しています。

「日本語教授法」の授業風景。この日は頼んだら多くの学生がカメラをオンにしてくれました。生徒の了解を得て掲載しています。

また,今学期は「日本語教育実習」を受け持っているのですが,教育実習生もペアになって,Teamsを使って日本語の授業を行っています。授業をすること自体が初めてである教育実習生がほとんどという中,オンラインで!授業をしなければならないとは,本当に大変だと思います。ところが,3~4回目ぐらいの授業から徐々に慣れてきたようで,緊張が解けてきたという声が聞こえ始めました。今では私よりも学生の方がTeamsを使いこなせているようです。それでも機械的,技術的トラブルは避けられず,授業中に先生(教育実習生)自身がネットから落ちてしまうこともあります。

 

教育実習生による授業風景

教育実習生による授業風景

 

 

教育実習生による授業風景

教育実習生による授業風景

一方,ブラジリアの街では,9月に入ると連邦区の条例により,公園,宗教行事,及び経済活動に関する制限が更に解除されていきました。映画館や劇場の再開が許可され,スポーツジムにおける飲水器やシャワーの使用停止も解除されました。

9月7日にブラジルは,新型コロナウイルスの感染者数でインドに抜かれ,世界第3位になりますが,それでも感染者数が412万人,死者数が7万人以上にも達しています。2月の末に初の新型コロナウイルス感染者がブラジルで出たと報道された時に,誰がここまで感染が広がると想像できたでしょうか?!?少なくとも私は(2月の時点では)9月にはもう世界は「ノーマル」の生活に戻っていると信じていました。そう信じたかったと言ったほうが良いかもしれません。今年の9月に「第13回ブラジル日本研究国際学会,第26回全伯日本語・日本文学・日本文化大学教師学会」が,ブラジル日本研究協会主催のもと,本学で行われる予定であったためです。ところが,コロナ禍の影響を受け,来年の3月にオンラインにて開催することになりました。学会をオンラインで行うのも初の試みです。次から次へと変更を余儀なくされ,不安は尽きませんが,このパンデミックにより多くの新しいことを学ぶ機会に恵まれたと思えば,危機を「ニューノーマルを最大限に活用する機会」とも解釈できるのではないでしょうか。

 

さて,今年は新型コロナウイルスの影響で,人々の生活習慣や仕事のあり方自体に大きな変化がもたらされた年となりましたが,自宅の庭にあるイペ(イペ―)の花は相変わらず咲いてくれました。イペはブラジルの国花で,冬(6月から9月にかけて)に咲く花です。とても不思議なことに,ピンク,紫,黄,白の順に咲いていきます。各々咲いている期間は5日間ほどですぐに散ってしまうのですが,街中がイペの色に染められる光景は大変美しく見ごたえがあります。来年の今頃は,イペを見ながら今年のコロナ禍に思いを馳せているのでしょうか,それとも更に別の「ニューノーマル」を経験しているのでしょうか。一刻も早く新型コロナウイルスの感染が収束することを願ってやみません。

自宅のイペの花

自宅のイペの花

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

参考文献

2020年2月21日から9月4日の間に在ブラジル日本国大使館からメーリングリスト先に配信されたメール

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