首相の「外国人材活用」案に疑問符!

4月4日の経済財政諮問会議と産業競争力会議の合同会議において安倍首相は、「外国人材の活用の仕組みを検討してほしい」と指示を出しました。これは、人手不足を解消し、経済を活性化することを目的とした外国人労働者の積極的受け入れのための制度作りを意味しています。受け入れ提言のポイントとしては、次のようなことが挙げられています。

【人材不足が進む分野に外国人を活用】

・建設     東京五輪を踏まえ技能実習制度を実質的に拡充

・農業・製造業 外国人の短期就労制度を検討

・家事支援   国家戦略特区で先行実施も

・介護     外国人技能実習で人材を受け入れ

 

私は、新聞記事を読んで大きな懸念を抱き、日本語教育に携わる者として、一人の市民として声を上げたいと考えました。

 

■経済面にのみ焦点を当てるのではなく、オールジャパンで考えよう!

確かに少子高齢化が進む日本社会では、労働力不足は大きな課題となっています。たとえば介護や看護分野を取り上げてみると、人材不足は喫緊の課題であり、現在約150万人の介護職員は、団塊の世代が75歳になる2025年には240万人前後必要であると考えられています。

 

しかし、2008年から始まったEPAによる介護・看護の受け入れの時の混乱がどのように検証され解決されてきたのか、どれだけ話し合われてきたのか明らかにされていません。合同会議では「建設業などに限っている外国人技能実習制度の対象に介護分野も加える」という案が出されました。これまで技能実習制度をめぐってはさまざまな問題が生じてきました。そうしたことに、政府はこれまでどれだけ真摯な態度で向き合ってきたのでしょうか。

 

介護というのは、「人の人生に向き合うこと」であり、農業・製造業や建設業とは異なります。もちろん外国人介護福祉士にも活躍してもらいたいと願う私ですが、それには十分な準備と環境づくりが求められます。しかし、そうした筋道が示されないまま、「人手不足には外国人活用が一番。今ある外国人技能実習制度を使えばよい」という議論が出てくるのは、おかしな話です。むしろ海外からの外国人材案の前に、たとえば日本で暮らす「日本人と結婚した外国出身の配偶者」の活用を考えるべきではないでしょうか。それは、介護人材不足を補うだけではなく、彼女達の自己実現・社会参加にもつながります。そういう視点で「人財」を考えることなく、単に「人手が足りない→外国から労働力を入れる」といった考え方は、極めて短絡的であると言えます。

 

こうした基本的な考え方は、2020年度までの時限措置をつけた建設業の外国人活用議論に明確に示されています。人が足りないから外国人技能実習制度をとりあえず拡充し、人材確保をしようという思いだけが先行してしまっています。これでは、また「過去のでき事」を繰り返すことになるのは、火を見るより明らかです。

 

 

■もっと「過去」に学ぼう!

ここで、1990年の入管法改正とその後の動きを振り返ることにします。バブル時代の日本は人手不足に陥り、外国人を労働者として入れる方法を考えつきました。この方法によって、日系二世・三世及びその家族に対して「活動の制限のない」、つまり労働者としての活動が認められるようになり、日系南米人が急増することになりました。しかし、日本社会は「大勢の外国人を受け入れるということ」に真正面から向き合うことなく、問題を先送りにしてきたのです。

 

2008年のリーマンショックで職を失っても日本語ができないために再就職できない大人達、親と子供とが共通の言語がないことからくる親子間の心の隔たり……。日本の教育についていけない子供達、いや学校に行かない・行けない不就学の子供達……たくさんの問題が浮き彫りになってきました。もちろんボランティアによる日本語教室が活動を始めたり、外国人集住都市会議が2001年に始まったりと、さまざまな動きは出てきました。しかし、ここで強調したいのは、日本という国としてどういう考えに基づいて外国人を受け入れるのかということが曖昧な状態で、対症療法的に進められてきたという事実です。もっと言えば、「30年後、50年後、どういう日本を作り上げたいのか」といったビジョンが見えてこないのです。

 

留学生問題をとっても同様です。1983年に打ち出された「留学生10万人計画」の実現に向けて紆余曲折があったことは周知のことですが、2007年4月「留学生100万人計画」が出たかと思うと、翌5月には「留学生35万人計画」、さらに2008年5月には「留学生30万人計画」が出されました。その数字にはきちんとした裏付けがなく、また「はじめに数値ありき」の動きには一貫性が感じられません。そろそろ、こうした「過去」の失敗に学び、腰を据えて、「どんな社会を、どうやって作り上げていくのか」を議論していかなければ、一時的に人手不足は解消しても、長い目で見ると大変なことになってしまいます。つまり、問題の先送りをしているに過ぎないのです。

※「留学生100万人計画の画餅」http://acras.heteml.jp/nihongo/?p=344

「留学生30万人計画の意義と異議」http://acras.heteml.jp/nihongo/?p=256

 

 

■もっと多面的な取り組みをしよう!

新聞記事には「諮問会議の民間議員は『育児や介護を理由に就業できない女性は220万人に上る』との資料を提出、外国人活用を訴えた」と書かれています。また、「家事分野でも今後、働く女性がますます増え、共働き世帯による『代行のニーズが高まり人材不足感が強まる」という意見を載せています。たしかに子どもを持つ女性が働きたくても働くことができない状況はさらに深刻になっています。しかし、だからと言って「外国人活用」という案を出す前に、もっとするべきことがあるのではないでしょうか。

 

ヨーロッパに暮らすAさんは「もっと女性が働きやすい環境づくりが大切ですよね。例えば、保育所を増やすといっても、役所やビジネスとしての保育所だけではなく、会社内での設置を検討するなどのことが考えられます。そうすることで、お迎えの時間も節約になりますし…。また、スイスなどでは正社員でも働き方の割合を会社との話し合いで決めることができるのです。たとえば、今は子供が小さいので20%、中学生になったから40%というふうに……。それから意外かもしれませんが、近所・親戚間での助け合いが結構あるんですよ」と語ってくれました。

 

■「豊かな多文化社会」を作るための提言

外国人受け入れに関して、まだまだ挙げるべき課題はありますが、ここで、適切に外国人を受け入れて「豊かな多文化社会:日本」を作るために、特に日本語という視点から考えてみたいと思います。

 

1)日本語学習のための体制作りをすること。

外国人受け入れを論じる際には、彼らの日本語学習の保障ということが重要です。共通言語としての日本語ができることで情報弱者になることが避けられ、日本人とのコミュニケ―ションが図れます。自治体やボランティア任せにするのではなく、国としての方針をより明確に打ち出し、必要な法案を作り予算措置を行うことが求められています。現状は、あまりにも脆弱な日本語学習体制であることは否めません。

 

2)「やさしい日本語」の普及と多言語体制作りをすること。

外国人が日本語を学ぶ一方で、日本人が「やさしい日本語」を話す・書くという姿勢が求められています。そのことは、日本人自身のコミュニケーションを見つめ直すことにもつながります。また、彼らの言語への対応や、日本社会で暮らす外国人の母語の問題も考えることが重要です。

 

3)外国人材を「労働力」ではなく、「ともに日本社会を作る仲間」として見ること。

労働力として外国人受け入れを考えるのではなく、「ともに日本社会を作り上げていく仲間」として見ることが重要です。日本社会の活性化にとって多文化パワーの貢献度といった視点でも見ていくことが求められています。「我々は労働力を呼んだのに、やってきたのは人間だった」というマックス・フリッシュの言葉はよく知られていますが、「人材」ではなく「人財」と見ることによって、かなり物の見方が変わってくるのではないでしょうか。

 

6 Responses

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  1. かつての日系人労働問題の再来になりそうです。当時、九州には日系ペルー人が多く滞在していて、
    ボランティアの仲間とともに労働相談などに応じたものです。とりわけ言葉の問題から雇用者との意思疎通ができず、相互の誤解から賃金、けがに対する補償問題などが生じていました。日本人の雇用者は小さな問題だと思っていたかもしれませんが、言葉も制度も理解できないペルー人達は非常に不安な日々を過ごしていました。全国にも同様のケースがごまんとあったと思います。こういった問題の総括はどこかでなされているのでしょうか。

  2. ある程度問題点の集約はされているとは思いますが、次のステップに繋がっていないのが問題だと思っています。いろいろな意味で、これからはネットワークを構築し、発信→共有→協働と具体的な動きにもっていくことが求められていますよね。

  3. 「外国人材を労働力ではなく、ともに日本社会を作る仲間として見る」という考えに共感します。そして、このような意識に立った、豊かな多文化社会としての日本を築き上げていくには、ニューカマーに対する日本語教育支援を充実させていくとともに、彼らの言語・文化継承という観点からも検討していく必要があると思います。

  4. ブラウンさん、コメントをありがとうございました。おっしゃるとおり、日本語支援だけではなく、「彼らの言語・文化継承」という観点がとても重要だと思っています。また、今後ともいろいろ「対話」をさせていただければ、と思っています。どうぞよろしくお願いいたします。

  5. 日本社会では、企業の労働者への対応が20年前とは大幅に変わってきています。社員として、会社の仲間として大切に育てるために、家族愛的な時間を多くかけていました。現在は、正社員も臨時従業員を問わず、無機質な労働契約のなかで日々の企業活動を行っています。世界中が競争市場となっているので、日本だけ浪花節的な良い伝統を続けられないのは仕方ないと思います。しかし、不安な気持ちで来日する労働者には、わずかであってもこのような環境づくりは不可欠だと思います。

  6. コメント、ありがとうございました。こうした思いを皆で語り合い、来日する外国の人々とともに「住みやすい日本社会」を作っていきたいものですね。

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