フィンランド出身の囲碁プロ棋士:アンティさん ~タイトル獲得と子供たちへの囲碁普及を夢に~

先日、銀座にあるお蕎麦屋さん「笑笑庵」でフィンランド出身のアンティ・トルマネンさんと奥様の慶穂さんにお会いすることができました。ムーミンの国フィンランドからはるばる日本へ、プロ棋士として活躍したいとやってきたアンティさんにお会いして、これまでのこと、これからの夢などについて語っていただきました。日本・日本文化への深い理解、そして、日本での生活を楽しみながらプロ棋士として活躍していらっしゃるアンティさんのことを、ぜひ皆さまに知っていただきたいと思います。

 

 

■囲碁の世界に入るきっかけは、マンガ『ヒカルの碁』アンティさん笑笑庵で

 

マンガ『ヒカルの碁』は、1999年に雑誌連載が始まり、2003年まで続きました。その後、単行本、アニメ、ゲームなどさまざまな形で親しまれ、日本だけではなく海外でも人気を博しました。フィンランドにいたアンティさんは、2002年、12歳の時に、英語で書かれた囲碁マンガ『ヒカルの碁』をインターネットで読んだのが囲碁の世界に関わるきっかけとなりました。その時のことを、次のように語ってくださいました。

 

  この勝ちたいという気持ち、負けて悔しさいっぱいの登場人物、

      このスピーディーな展開、このボードゲームはすごい!

 

アンティ少年は、しばらくして地元の囲碁クラブに通い始め、やがて、ヨーロッパユース選手権にも出場するまでになりました。そして、ヘルシンキの工科大学に在学中の2011年の秋、「もっと強くなりたい。それには、アジアに行くしかない。そうだ、日本に行こう」と、来日したのです。日本棋院の院生となり、7ヵ月間滞在した後、大学を卒業するためにフィンランドに帰っていきました。

アンティさん夫妻、紹介してくださった千鶴子さんと一緒に

アンティさん夫妻、紹介してくださった千鶴子さんと一緒に

 

 

■19年ぶりの欧米出身プロ囲碁棋士の誕生

 

大学卒業後、どうしても囲碁への思いは捨てきれず、再び2014年春に日本棋院の院生として来日することになりました。小林千寿六段門下生となり、たゆまぬ努力を続け、2016年4月にプロ囲碁棋士としてデビューすることとなりました。小林先生は、以前、囲碁を打つアンティさんの姿を見て、「いい集中力を持っている子だ!」と、心に留めていてくださったのだそうです。そして、その小林先生との出会いが、アンティさんのその後の人生を大きく変えることになったのです。国を超え、時を超え、人がつながり、新たなことが生まれていくことのすばらしさを改めて感じました。

 

囲碁が盛んな中国や韓国では、囲碁プロ棋士は珍しくありませんが、ヨーロッパ出身の方の入段は、1997年の故ハンス・ピーチ六段(ドイツ出身)です。

入段は、それほど難しいことなのですが、アンティさんは、日本での生活を楽しみながら、囲碁を極めていきたいと抱負を語ってくださいました。

銀座の笑笑庵は、とてもすてきなお蕎麦屋さんです(千鶴子さんのご主人が経営するお店です)

銀座の笑笑庵は、とてもすてきなお蕎麦屋さんです(千鶴子さんのご主人が経営するお店です)

 

 

■多言語の棋士の活躍に期待!

 

フィンランド語、英語、日本語、ドイツ語、スウェーデン語、ノルウェー語と、6か国語を話すことができるアンティさんですが、日本に来た頃は、日本語はあまりできませんでした(大学時代に1年間、選択科目で学習)。その後、独学で場面・状況の中で日本語を学び、今では、難しい漢字を読んだり書いたりすることもできるまでになりました

 

流暢な日本語で、時にはジョークを織り交ぜながら会話を楽しむアンティさんに、漢字の学習の仕方について伺ってみました。漢字も、出てきた文脈の中で意味を考え、分からなければ辞書で調べる、といったやり方で、数多くの漢字をマスターしてきたそうです。豊かな語彙・表現に驚きましたが、これも、日本中世文学の研究者である奥様との会話の中で培われていったのでしょうか。

「外国籍特別棋士」という枠での日本棋院採用とあり、普及活動に力を入れることも求められています。アンティさんは、次のように抱負を語ってくださいました。

 

タイトルも取りたいですが、囲碁の普及に努めたいです。特に子供達に

囲碁ファンを増やしていくことが、私の夢です。Invisible②

 

 

■『Invisible―Games of AlphaGo―』を出版して

 

アンティさんは2017年に『Invisible―Games of AlphaGo―』を出版しました。AlphaGo(アルファ碁・アルファー碁)とは、囲碁AIのことですが、これはDeepMind社が開発しました。それについて書かれた本ですが、囲碁の分からない私は、本の装丁に目を奪われました。表紙にも本文にもすべて和紙が使われていて、本は和綴じになっています。和綴じは、かなり費用がかかりますが、囲碁の本だからこそ、和紙・和綴じに拘ったと語ってくださいました。

 

Invisible④最後に、「これからの夢」についてお尋ねしましたが、もちろんさらに囲碁が強くなること、囲碁を楽しむ人を増やすこと、そして、新しい囲碁の本を出すこと・・・などいろいろな夢が挙げられました。特に英語で書かれた囲碁の本は、まだまだ少ないことから、普及にはとても大切なお仕事だそうです。

 

今月から、雑誌『月刊 碁ワールド』で「アンティ トルマネン初段のEuro GoNews」の連載が始まりました。第一回は「意外に古いヨーロッパの囲碁史」です。ヨーロッパで囲碁が初めて現れたのは17世紀末のイギリスでしたが、そこから始まった歴史について、さまざまな逸話とともに書かれています。そこに引用されているチェスの世界王者エマーヌエール・ラスカー(1894-1921)の言葉は、特に興味深いものでした(p.55)。

 

「チェスはこの地球上に限定されたゲームだが、囲碁は宇宙的だ。もし、地球外の文明があってその住民も我々と同じようなゲームをしているとしたら、まちがいなくそれは囲碁だろう」雑誌

 

日本での囲碁の世界におけるアンティさんの活躍、とても楽しみです。アンティさんを通して、日本そして海外の囲碁ファンがどんどん広がっていくことを願っています。

 

【参考①】

日本棋院のサイト(アンティ・トルマネン)

 https://www.nihonkiin.or.jp/player/htm/ki000471.html

 

【参考②】

「意外に古いヨーロッパの囲碁史」のスタート部分です

「意外に古いヨーロッパの囲碁史」のスタート部分です

『Invisible―Games of AlphaGo―』の和綴じの本は「限定版」であるため、入手することはできませんが、普通のハードカバーとソフトカバーは日本棋院やドイツの出版社などで購入することができます。

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