中国で活躍する日本語教師、笈川さんにインタビュー ~オンリーワン教師を目指して、走り続ける~

12月のアクラス研修は、中国で日本語教師として活躍していらっしゃる笈川さんに講師としてお越しいただき、「『つかみ、くすぐり、おち』は、プロレベルを求めなければ誰でもできるはず!!」というタイトルで実施しました。IMG_8240早くオフィスに来てくださった笈川さんに、これまでの生き方、今やっていらっしゃること、これからの夢などについて語っていただきました。自身が大切にしてきた日本語教育観とも合致するところが多く、ぜひ皆さんにも知っていただきたいと考えました。なお、「アクラス12月研修報告レポート」の内容と被るところは省略していますので、後日アップする「報告レポート」も併せてお読みください。

 

■漫才師から中国で日本語教師に!

  ~「学生にやらせる」ではなく、「ともに作る授業」をめざす~

「どうしても漫才師になりたい」という思いが強かった笈川さんですが、ご両親の反対にあい、実現したのは大学卒業後数年経ったときだったそうです。しかし、その道を諦め2001年に中国に行き、ふとしたことから日本語教師の世界に入りました。

 

2001年日本語教師としてスタートラインに立ちましたが、いくつかの日本語授業を見学する中で、「教師が偉そうにしていること」に疑問を持ちました。笈川さんは、「授業は、『学生にさせる』ではなく『してもらう』というものであるべきだ」という信念のもと、学習者とともに作り上げる授業を展開していきました。

 

  例えば、反復練習でも、学生にお願いをしてからやりました。20分ぐらいやるわけ

  だから、喉も痛くなるし、疲れるけれど、上手になるから一緒に練習をしてね、と

いうわけです。「学生に練習させる」ではなく、「学生にやってもらう」という姿勢が大切ですね。

 

「『させる』から『ともに学び合う』へ」というパラダイムシフトは、日本ではかなり前から起こっていましたが、中国ではまだまだ教師が一方的に教え込むスタイルが横行していたのです。笈川さんは、「教師になって5,6年は変人扱いされていました。それでも頑張っているうちに、次第に理解者が増えていったそうです。

 

 

■チャレンジ精神と他者への配慮を忘れない!

  ~スピーチコンテストの指導を例として~

清華大学で教え始めてすぐに「スピーチコンテストの指導」を頼まれました。チャレンジ精神旺盛な笈川さんにとって初めての経験でしたが、「分かりました!優勝しましょう」と答えました。そして、熱心に指導を続ける中で、あることに気づき、その解決策を考えていったのです。それが今の笈川式音声教育の原点となり、輪が世界中に広がっているのです。音声指導については報告レポートをご覧ください。

 

次々に学生さん達は優勝を手にしていきましたが、事前に笈川さんは次のような注意をしていたそうです。

 

〇〇さん、優勝しても「笈川先生のお蔭です」などということは言わないでください。絶対に私の名前を出さないでくださいね。

 

私はいろいろなスピーチコンテストに審査員として参加することがありますが、「〇〇先生、ありがとうございました」と付け加えたり、複数の先生の名前を挙げる学習者がいたりします。スピーチは教師の力で作り上げているわけではなく、出場者自身と周りの多くの人々の協力によって出来上がっているものであることを考えると、スピーチで感謝の気持ちを述べるのは適切ではありません。笈川さんは、他の先生への配慮という意味でも、絶対に言わないようにと伝えていたそうです。

 

 

■教師に求められる臨機応変に対応する力

   ~研修会当日の2つのエピソードから~

研修会スタート直前に、大急ぎで笈川さんにインタビューをさせていただくことになりました。そのため、焦っていたからでしょうか、私は、パソコンとプロジェクターの接続に関して、「HDMIに変換するコードが違っているので、繋がらない」などと思い込んでしまいました。実は、いつもオフィスで使っている物なので、何も問題はなかったのですが……。

 

その時、笈川さんは「あ、スピーカーはありますか。それがあればスピーチの音が聞けるからプロジェクターが使えなくても、大丈夫ですよ」と、何も問題はないかのように答えてくださったのです。もちろんいつも通りつながり、問題はありませんでしたが、研修会が始まってびっくり!スピーチだけではなく、パワーポイントも用意されていたのです。

 

さらに、もう1つエピソードがあります。メッセンジャーで「型の正体」「話せるようになる」「基礎が大事」という3つの配布資料をいただいていたのですが、私は「話せるようになる」しかプリントアプトしていなかったのです。言い訳になりますが、ちょうどその時資料を受け取ったとき、身辺で大きな出来事があり、「あっ、資料が届いた!」と1つの種類をダウンロードして、安心してしまっていたのです。

 

私は、笈川さんが「あの、3つのプリントをお送りしたのですが……」とおっしゃるまで、気がつきませんでした。お詫びをして、すぐに作業を始めることを告げた私に返ってきたのは、「ま、他の資料はなくても大丈夫です。これだけでやりますから」と付け加えられたのです。すぐにプリントアウトして開始直前には間に合わせましたが、またまた研修会が始まってびっくり!あとの2つのプリントがなければ、大変なことになっていたことが分かったのです。今日の研修の大切な部分が書かれた資料を参加者にお渡しできなかったのですから~~~。

 

教案に汲々とするのではなく、「今、ここで」を大切にし、臨機応変に対応する力こそ教師に求められる能力だと言えます。泰然自若とした、予期せぬ事態に対応する姿に、笈川さんの教師力を感じました。研修会の中でも、「授業では沈黙の時間を作らず、常にアクティブに学習者とやり取りをする会話授業」を心がけていることが語られていました。そして、その会話授業にも、基礎となる土台作りの大切さも同時に触れられていましたが、この点もとても重要なことだと改めて思いました。

 

 

■一人一人に真摯に向き合った授業を!

 ~200人の授業でも名前を呼ぶことの大切さ~

 

「20人もいるクラスで名前なんて覚えられません」という声をよく聞きます。私は、「1時間目の授業ですべて覚えようという努力が大切であり、教師と学習者の1対20という関係が大きく変わる1つの要因となる」とよく話しています。研修会でも、最初の「この研修会で何を学びたいのか」というひと言メッセージを聞きながら、すべての参加者の名前を覚え、名前を呼びながら当てていらっしゃいました。

 

200人の授業でなぜそれができるのかという質問に対し、笈川さんからは次のような答えが返ってきました。

 

何事も、1対1が基本にあり、それが、1対2、1対4と増えて言っても同じです。

200人対応も同じです。

 

さらに、教師はできる学生には目が行くものの、どうしても消極的な学生、ついていくのが遅い学生への目配りが足りなくなりがちであるとして、次のような話を付け加えられました。

 

TAって、普通は、大学院生だったりがしますよね。でも、私は、新人の彼らがメーンで授業して、

自分はTAになることがよくあるんです。そうすることで、学生に目が

行くので、いろいろなことが見えてきます。優秀な学生のそばで指導を

すると依怙贔屓と取ることがあるけれど、元気のない学生や自信を持って

いない学生に、私が行くことには好意的なんですよ。こんなことがとても

大切だと思います。

 

 

■「教師を育てる」ことにも力を注ぐ!

  ~日本語教えるのではなく、日本語学習人を育てる教育~

これから是非やりたいこととして、教師教育を挙げ、次のように語ってくださいました。

 

授業中にただ文法や言葉の説明をする先生ではなく、学生たちの日本語の総合力ですね。もちろん試験にも強くなることも大切ですが、礼儀正しい態度で、人から愛される人になる。大事な時に、自分の意見も言える。そんな学生を日本語学習を通して育てられる教師を大勢育てたいと思っています。

 

今の中国の若者は、消極的で、声が小さい。いや、声が出ないとも言えます。スピコンに出たらと誘っても、出ようとしない。そんな若者が増えています。だから、彼らの背中をポンと押せるような教師が必要なんです。ということは、教師自身も新しいことに挑戦してもらいたい。そうしなければ、学生に背中を押せる教師になるのは難しいですよね。

 

ただ言葉だけを教えるのではなく、学習者のキャリア・デザイン(キャリアは人生)を考えながら学習者に寄り添うことはとても重要だと考えている私は、ひたすら頷いていました。そして、中国の若者に日々接しながら、その変化について分かっていたつもりでしたが、改めてその理解の底の浅さに気づかされました。

 

♪   ♪   ♪

 

中国各地の大学から講演要請があり、今回のアクラス研修でも20分で満席となった笈川さんの魅力を、たっぷりと知ることができた1時間でした。教師にとって必要な資質・能力を兼ね備えた笈川さんですが、それは、日本語教師になるまでのさまざまな経験、そして、なってからの努力、工夫、挑戦が今の「日本語教師としての笈川さん」を作っているのだと強く感じました。実践者の言葉ほど強く人の心に響くものはありません。これからも、実践し、発信し、人を育て、人をつないでいってくださることを願っています。

 

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