今、日本語教師がすべきこと・できること~急激な変化の中で~

国会でも、外国人受け入れ政策に関する議論は活発に行われています。私は以前から、外国人の受け入れを語る際には、「労働力」としてではなく、「ともに社会を作っていく一員」という視点がとても重要であると、主張してきました。経済の論理にばかり振り回されていては、とんでもない失敗を招くことになってしまいます。

 

移民は受け入れないが、労働力として受け入れる。それは、少子高齢化の日本においては労働力不足が深刻化しているからである。

 

これではあまりに身勝手な考えではないでしょうか。いくら制度を整え、サポートシステムを整備したとしても、根底にこうした考え方があるかぎり、どれだけの人が日本に来ようと思うでしょうか。「選ばれる国ニッポン」という思い込みのもと、これまでの課題の整理、現状の把握、そして、明確なビジョンのもと制度整備をすることの重要性を忘れてしまっています。

 

そこで、日本語教育の世界に30年以上身を置くものとして、日本語教育の観点から自分の経験をもとに意見を述べることとします。

 

■(公社)日本語教育学会からの3つの提言(2018.11.12)

昨日(11月12日)、日本語教育学会は3つの提言からなる「外国人受け入れの制度設計に関する意見書」を出しました。提言を以下に記します。

http://www.nkg.or.jp/…/upl…/2018/11/20181112_ikensho_1-8.pdf

提言1:

在住外国人との中長期的な共生を見据え、社会統合という観点から日本語教育の在り方を明確に位置付ける基本法を制定した上で外国人受け入れの議論を進めること

 

提言2:

日本語教育に関する質の保証を行うために、国による財政措置を担保すること

 

提言3:学会の意見書2018.11.12

外国人に帯同する家族(配偶者や子ども等)や日本国籍を有する日本語非母語話者の子どもなどに対する日本語教育支援を充実させること

 

1ページにまとめられた意見書に続き、「提言の背景と資料」が載せられています。これに対して、「じっくりと読み、自分に何ができるかを考えたい」という意見もあれば、

 

・3つの提言は分かるが、漠然としている。

・「強く社会に訴える」と記されているが、「強い危機感」が見えてこない。

 

といった意見も見られます。こうした意見書が出たからこそできる「対話」であり、やり取りは大切だと思います。ただ、ここで忘れてはならないこととして、受け身にならず、「意見書」をもとに、一人ひとりが考え、発信し、行動していくことだと思います。

 

2013年に公益社団法人となった日本語教育学会は、「人をつなぎ、社会をつくる」を使命とし、「共に集い、行動する学会」をめざしています。今回出された意見書に関しても、より身近なものとして、一人ひとりが自己との対話、仲間との対話を通して考えるきっかけになることを願っています。

 

 

■今こそ、クリティカルな物の見方が大切

今の教育では、クリティカルシンキングが重要視されてきています。しかし、日本語教育に携わる教師はどうでしょうか。「何を、どう教える」ことにばかり日本語教育で作る社会1汲々とするのではなく、「なぜ日本語を教えるのか」「私は、なぜこの学習者と対峙しているのか」といった視点が重要です。「なぜ」を問うことによって、さまざまな大きな枠組みが見えてきます。

 

私は、420時間養成講座でも、第1回「日本語教育概論」では、「なぜ日本語教育が求められるのか」「今、何が起こっているのか」から始めることにしています。使用教科書は『日本語教育でつくる社会~私たちの見取り図』(2010,ココ出版)です。これは、「日本語教育政策マスタープラン研究会」著となっていますが、日本語教育学会ワーキンググループの仲間との対話によって生まれました。

 

最近の記事を1つ取り上げてみたいと思います。11月11日の読売新聞の一面を飾ったのは「日本語教師 資格を創設」という見出しでした。よく読んでいくと、これから議論が始まるとあるのですが、現場ではアレコレ意見が出て、「また資格を厳しくしようというのですか」などという懸念の声、「やっとこれで日本語教師も認知されますね」という意見まで、さまざまな意見が出てきました。「すぐに試験が始まる。そうなったら自分はどうなるのか」という勘違い組まで実に多種多様。では、少し記事を見てみましょう。

 

文化庁の文化審議会は月内にも、日本語教師の資格制度の議論を始める。日本語教育の知識を問う試験に加え、現場で技能を試す実習制度の導入などを検討する。

 

知識を問う紙筆試験に加え、実践力を問う試験の是非は、もうずっと以前から現場では議論されてきたことでもあるのですが、なぜかこの記事でハチの巣をつついたような状況になっています。

 

政府は資格創設が、日本語教師の地位向上にもつながるとみており、2019年度にも制度の概要を固める考えだ。

 

とあるように、うまく制度設計することによって、これまでずっと議論されてきた日本語教師の社会的認知、地位向上につながる動きなのです。そこで、私たちがすべきことは、「どんな能力を、どのように図ればいいのか」について現場からの知見、研究成果について発信していくことではないでしょうか。そして、拙速に物事を決めることのないように、自分たちのできる範囲で、行動を起こすことが大切です。

 

「労働力不足から外国人受け入れ」に舵を切った永田町、霞が関では、そのための制度設計に必死になっていますが、そこで足りないのが「今ある課題への対応」を経た上での新制度設計へのプロセスではないでしょうか。例えば、技能実習制度の問題点は山積であることは十分に分かっていながら、その技能実習制度を利用して、新たに受け入れを始めようとしています。これでは、10年後、20年後日本は、「世界のどこからも、見向きもされない国」になってしまいます。

 

 

■一人ひとりの発信を大切に!

日本語教育関係者からは、こんな不満をよく聞きます。

 

・もっと日本語教育の現場を知ってほしい。国は何も分かっていない。

・「誰でも日本語は教えられる」と思っている一般人が多すぎる。

・日本語の必要性がわかってもらえない。

 

確かに、こうした状況であるからこそ現場での苦労があり、皆さんの熱意・善意で現場が動いているのもよく分かります。しかし、いったいどれだけ私たち、日本語教育関係者は発信してきたでしょうか。仲間内だけの発表ではなく、他分野・他領域をまき込んだ講演会・研修会をどれだけ実施してきたでしょうか。まだまだ私たち自身の努力が足りないと言わざるを得ないのではないでしょうか。

 

2006年の秋、JanJanというネット新聞のスタッフが「日本語学校を取り上げたいので、コラムを担当してほしい」と頼みにやってきました。隙間の時間もないほど忙しい毎日でしたが、「日本語学校のことを一般の人に知ってもらえるなら……」と引き受けました。しかし、その時いくつもの日本語学校を回ったものの、引き受けたのは私一人だったそうです。

 

・日本語学校という存在を知ってほしい。

・日本語学校で学ぶ留学生の真の姿を知ってほしい。

・地域社会と日本語学校との「つながり」を知ってほしい。

・日本語教師という仕事に関心を持ってほしい。

 

そんな思いで始めたコラムでした。まだ今ほどインターネットが盛んな時代ではありませんでしたが、少しずつ「つながり」が広がり、深まり、日本語学校の41xqr3QPpYL__SX342_BO1,204,203,200_理解者が増えていきました。皆さんも、是非いろいろな手段で、小さな発信を重ねていきませんか。その一滴が、大きな川の流れにつながっていくのだと思います。

 

日本語教育<みんなの広場>http://www.nihongohiroba.com/

2006年12月から始まったコラムは、2010年3月で終了しました。その記事を

集め、さらに継続したのが「サイト:日本語教育<みんなの広場>」です。

『ワイワイガヤガヤ 教師の目、留学生の声』

教育評論社が、2009年までの記事を1冊の本にまとめました。

 

 

■「これは移民政策ではない!?」、もっと実態を見つめよう!

今の「外国人受け入れ」に関する議論において、政府は「これは移民政策ではない」と、繰り返し言っています。しかし、国連統計委員会への国連事務総長報告書(1997)では、移民の一般的な定義について「通常の居住地以外の国に移動し、少なくとも12ヵ月間当該国に居住する人のこと(長期の移民)」としています。既に、日本にはたくさんの外国人の方々が暮らしているという事実があるにも関わらず、曖昧にしていることは、大きな問題です。

 

現在の議論で欠落しているのが、「ともに社会をつくる一員」という考え方ではないでしょうか。学会の意見書「提言3」にも「次代を担う子どもたちの言語発達に対する支援は将来への投資である」と書かれていますが、これはとても重要な視点ではないでしょうか。20年前に教えた中国人留学生はこんな思いを伝えてくれました。

 

1人の留学生を入れたら、10人の人がやってくるといった発想が必要ですよ。でも、日本にはそういう考えがまだありませんね。僕たちも結婚して家族ができるし、両親だって呼ぶかもしれません。兄弟も……。そんな国に日本がなるといいですね。

 

こうした発想がなければ、日本が「選ばれる国」になる道のりは遠いのではないでしょうか。

 

 

■日本語教育推進議員連盟の動き、そして私たちのすべきこと

2016年11月8日にスタートした日本語教育推進議員連盟は、着実に議論を重ね、各方面からヒアリングをした上で、法案の条文づくりを続けてきました。

(日本語教育学会に関連資料が載っています。http://www.nkg.or.jp/shakaikeihatsu

そして、11月8日の日経新聞には「日本語教育を制度化 国・企業の責務に 与野党議連が法案」と題して以下のような記事が載りました。

 

超党派の日本語教育推進議員連盟(河村建夫会長)は、外国人への日本語教育の

基本法案をまとめた。日本語教育を国の「責務」として初めて明記して制度化する。

学習を後押しする地方自治体や外国人を受け入れる企業に財政支援をする。企業

に対しても日本語教育の支援を責務とする。外国人労働者の受入れ拡大に合わせて

環境を整える。

11月中旬にも議連の総会を開いて法案の条文を了承する。今国会に提出し、成立を目指す。

(「日経新聞」2018.11.8)

 

こうした動きも、超党派の議員さんと、日本語教育、学校教育、自治体……さまざまな関係者が協働し、議論を重ねたことによって、一歩、一歩前に進んできました。そして、いよいよ2019年は、新たな大きなうねりが起こる年となることでしょう。

 

私たちは、「今、この時」だけではなく、20年後、50年後、いや100年後の日本がどのような社会であるべきなのかを、一人ひとりが自分のこととして考えながら、日本語教育に関わっていくことがとても重要ではないでしょうか。そうしたマクロの視点を持ちながら、毎日の実践に真剣に向き合い、「ともに学び合う日本語教育」「人・社会とつながる日本語教育」を進めていきたいと思います。

 

参考

「ともに社会をつくる一員」という視点で外国人受入れ政策を!

~「日本語教育推進基本法」の重要性を考える~

http://www.acras.jp/?p=8119(2018.8.11)

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