10月アクラス研修「コーパスからのデータを授業に活かす!」報告レポート(講師:中俣尚己氏、報告者:布施悠子氏)

10月のアクラス研修は、中俣尚己氏による「コーパスからのデータを授業に活かす!」でした。参加者が実際に例文を作り、お互いに話し合いながら、進められた研修。自らの実践を振り返るきっかけになり、研究者にとって研究のタネが満載の研修会となりました。今回の報告レポートは、布施悠子さんが担当してくださいました。どうぞじっくりお読みください。

 

当日配布した資料 → アクラスセミナー配布資料20181019

 

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2018年10月25日(木)アクラス研修会報告レポート

報告者:布施悠子(国立国語研究所)

 

コーパスからのデータを授業に活かす!

『日本語教育のための文法コロケーションハンドブック』活用術

中俣尚己先生(京都教育大学)

 

51avY1uInyL._SX346_BO1,204,203,200_研修会があった10月25日は満月がとてもきれいな夜でした。アクラス研究所扉を開けると、10分前にもかかわらず、多くの参加者がすでにお越しでした。そして、講師である中俣先生も気合十分!という感じで、研修会の開始を待ち構えていらっしゃいました。参加者は初めての方から常連の方まで幅広く、また、コーパスがどんなものなのか知りたい、『日本語教育のための文法コロケーションハンドブック』の使い方を知りたい、などその参加目的もさまざまでした。私自身も、コーパス作成に携わっている身ではありますが、コーパス結果の活用方法を学びたく参加しました。

 

【イントロダクション】

まずは、中俣先生から提示されたタスクからスタートです。2つタスクが提示されましたが、参加者はまず自分で答えを考えた後、ペアワークで真剣に語り合います。その後、話し合いの結果を発表し、中俣先生からコーパスの検索結果を提示していただきました。するとビックリ!話し合いで出てきた例は、コーパスではわずかしか表れていませんでした。中俣先生曰く、「正しいか」を判断するときは母語話者の直感は素早く正確だが、「よく使うか」を判断するときに、母語話者の直感はほとんどアテにならず、コンピューターの助けが必要だとのこと。コーパスの重要性を体感し、講義の本編へ入りました。

 

中俣尚己さん【講義前半】

①コーパスって何?

中俣先生ご自身は、2011年からコーパスを使った研究をスタートされたそうです。コーパスとは、実際に使用されている言語データで、作例の集合ではないいわゆる「生」のデータです。一方、コーパスと似たようなものにGoogle検索がありますが、学習者も自分で検索できるので、意味を調べたり作文作成にも役立ちます。ただ、常にデータが更新されるため、安定していません。また、コーパスで検索するのは慣れるまでなかなか手がかかるものです。そこで、中俣先生は「自分がみんなの代わりにコーパスを調べて、その結果を本にしたらいいんじゃないか?」と思い、本を作られたとのことでした。

 

②『文法コロケーションハンドブック』って何?

中俣先生の著書である『文法コロケーションハンドブック』は、コーパスを使って文法項目のコロケーションをまとめた本で、教師の例文作りの手助けになるよう作られたそうです。まだこの段階ではその意味がよくわからない私でしたが、授業の後半でその手助けの力を実感することとなりました。

 

③何を考えて『文法コロケーションハンドブック』を作ったのか?

中俣先生の本研究の原点から、本書の作成に至るまでのお話をしてくださいました。「てある」という文型で、コ

ペアで考える

ペアで考える

ーパスの結果と教科書などで使われている使用例とにズレがあると気づいたこと、また、文法項目がどういう動詞とよく使うか説明があればベテランの先生も学生も助かると思ったこと、そこで論文を書いてみたが、現場の先生たちに研究成果が届いていないことが、実際に本を作ろうとなった経緯でした。

 

【質疑応答タイム1】

~コーヒーブレークまで少し時間があったので、質問タイムとなりました~

参加者1:この本は文法項目の50順になっているが、教科書の配列と併記したら見やすいと思う。すでに自分自身で整理し始めている。

中俣先生:すばらしい!

参加者2:話題別コーパスを作成中とのことだが、世代で話題自体が違うと思う。

参加者3:それに関連して、あくまでコーパスはある一部の場面を切り取ったもので、どのくらい信用できるのか。

中俣先生:確かに場面が設定されているコーパスもある。本当の意味での日常会話のコーパスは今国立国語研究所で作成中。自分自身は、コーパスの話題を今分割しているところ。日常生活でどの話題が多いのかが知りたい。統

3人で話し合う

3人で話し合う

計をとった場合に出やすい話題と出にくい話題を知りたいと思っている。

 

【講義後半】

④『文法コロケーションハンドブック』はどう使う?

和やかなコーヒーブレークが終わり、後半の講義がグループワークから再開しました。本書の中にある文型「そうだ(伝聞)」を使い、コーパスの検索結果を利用して作例しました。参加者はみな母語話者なのですんなり例文が作れましたが、中俣先生が本書に書かれている「そうだ」という文型のポイントに適っている例はそれほど多くなかったのが現状でした。本当に何の手助けもなく一人で作例するのは難しいことです!また、本書の具体的な使い方も教えてくださり、各ページに載せられている動詞リストが大事で、その50位以内の動詞のうち、教えるレベルに適しているものをピックアップし、実際によく使うものを「チャンク」として定着させるのがいいだろうというご説明でした。

 

⑤『文法コロケーションハンドブック』には何が書かれている?

実際にハンドブックを見ながら解説してくださいました。特に印象に残ったのが、挙げられている例文が「使う使う!」と共感できる場面であることでした。実際、中俣先生はコーパスで対象の語を検索するよりも、コーパス内でその後が使われている実例を見て作例する時間のほうが多くかかったそうで、ご苦労されている姿が目に浮かびました。

身を乗り出すようにして話し合いをしています

身を乗り出すようにして話し合いをしています

最後に「生産性」についてもお話くださいました。難しい言葉だなと思うかもしれませんが、要はある語がどれだけの語と結びつきやすいかということを指します。つまり、「生産性」が高ければ、いろいろな言葉と一緒に使いますし、「生産性」が低ければ、決まった言葉としか使いません。この「生産性」は本書にも高いか低いか中程度かというふうに記されています。「生産性」の高い項目はドリル練習に向いており、「生産性」の低い項目はパターンが限られているためチャンクで覚えたほうがいいそうです。また、「生産性」が中程度の語が中途半端な制約があるため、学生はもっとも誤用を起こしやすいそうで、ここでは、参加者一同深く納得していました。

 

【質疑応答タイム2】

~最後にふたたび質疑応答タイムになりました~

参加者4:中俣先生がこの結果をもとに初級の教科書を作成しないのか。

中俣先生:今研究している話題の分割も調べた結果から考える。

参加者5:看護・介護分野の例文を作りたいなど特定のテーマの時、コーパスをどう使えばいいか。

中俣先生:現場に入るのは倫理上難しいので、試験問題集から取り出してみたらどうか。

参加者6:「~ている」にはいろいろな用法があるが、本書で混ぜているのはなぜか。

中俣先生:実際は用法ごとに分割して検索してみたが、現在進行と結果残存の用法はいずれも生産性が高かったので一緒にしている。

懇親会

懇親会

 

【感想】

中俣先生はコーパス研究の分野で著名な「研究者」というイメージが強かったのですが、ご自身の「教育者」としての現場経験での悩みがこの本の原点だったと伺い、私の中での先生へのイメージが覆りました。まさに、研究と実践の両輪を体現されていて、現場への情熱を強く感じました。また、現場の日本語教師の意見も取り入れてこの本を執筆されたとのことで、研修会のタイトルどおり、授業にすぐ活かそう!と思いました。私は数年前から日本語教師養成講座で実習クラスを担当しており、受講生が作例に悩んでいる姿を見てきました。実習生や修了生の教案作成のヒントになる本として、すぐに勧めたいと思っています。本心を言えば、私が新人の頃に欲しかった1冊だったとも思いました(笑)。最後に、たくさんの見識をくださった中俣先生、そしてこの貴重な場をセッティングくださった嶋田先生に深く感謝申し上げます。

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