ベトナム日本語教育事情~ハノイ&ハイズオン出張で見えてきたこと~

6月上旬、講演とワークショップを実施するために、ベトナムのハイズオンを訪れました。現地でベトナムの方がやっていらっしゃる授業を2コマ拝見することができ、とても参考になりました(『できる日本語』使用クラスです)。現地特有の使い方、熱心に取り組む学生さん達……1日8時間、毎日授業という日本語学習、こうしたベトナムでの学びを日本の日本語学校入学後に活かすためには、適切なアーティキュレーションが大切だと改めて思いました。

 

ワークショップ終了後には、参加者との懇親会があり、現地で日本語を教えるベトナムの先生方に大勢お目にかかり、いろいろお話を伺うことができました。なぜ日本語を学ぶ人が増えているのか、現在どんな問題があるのか、それをどう解決していけばよいのかなど、さまざまなことを考えさせられたベトナム出張でした。

 

また、ハノイでは国際交流基金(JF)や日本学生支援機構(JASSO)にもお邪魔し、最新の日本語教育事情を伺うことができました。そこで、ここ10年、日本留学が増え続けている現状と、ベトナム国内における日本語教育事情について、私の感想を交えながら、簡単にまとめてみることにします。

 

 

■急増するベトナムからの留学生

 

日本における留学生の変化を2007年と2017年で比較してみると、以下のようになります。ここ10年間で、いかにベトナムとネパールからの留学生が増加しているかがよく分かります。2007年に関してJASSOの表と日本語教育振興協会の表と2つ記されていることについて説明しておきます。

 

2010年に留学ビザと就学ビザが一本化されましたが、それ以前はJASSOのデータには、日本語教育機関(日本語学校)に通う学生の数は含まれていませんでした。よって、2007年に関しては、日本語教育振興協会(以下、日振協)調査の数値を記してあります。当時は、ほとんどすべての日本語学校が加盟していたため、この数値は日本語学校に通う学生数とほぼ等しいものとなっています(2010年の事業仕分け後は、加盟校が減り、2018年4月の法務省告示校683校のうち290校ほどが加盟)。

 

5ヵ国の10年変化写真

 

ベトナムで日本語を学ぶ学習者の数は、国際交流基金の2015年度が最新情報ですが(3年ごとに調査を実施)、12年間の変化を見ても、大きな伸びを示していますが(世界第8位)、その理由については、後述することとします。

ベトナム2003~2015学習者数png


 

                               

 

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■活発化する国内における教科書作り

国際交流基金「2017年報告」を見ると、以下のように記されています。

https://www.jpf.go.jp/j/project/japanese/survey/area/country/2017/vietnam.html

2003年には、「中等教育における日本語教育試行プロジェクト」(以下、中等プロジェクト)が立ち上げられ、中学校や高校で第一外国語科目としての日本語教育が実施されている。
2008年には「2008-2020年期国家教育システムにおける外国語教育・学習プロジェクト」(2020年期国家外国語プロジェクト)が立ち上げられ、小学3年生から高校3年生(12年生)までの10年間の外国語教育強化の方向性が示される中、初等教育における日本語教育が開始された。2016年9月より、小学3年生からの第一外国語として試験的にハノイとホーチミンの5校で実施されている。

こうした動きの中で、ベトナム人と国際交流基金専門家との協働による「小学生用教材作成プロジェクト」が活動を続けています。まだまだ日本語教育関連の

清河ビジネスの『できる日本語』クラス

清河ビジネスの『できる日本語』クラス

出版物が少ないベトナム
において、現地作成の教材が次々に生まれてくることは、とてもすばらしいことだと思います。JF作成の『まるごと』を使ったクラスもありますが、まだベトナムで買うことができません(近々出版が予定されているとのことでした)。今回『できる日本語』を使っている学校にお邪魔しましたが、ここでも「一刻も早くベトナム版を出してほしい」という強い要望が出されました。

■なぜ学習者が増え続けているのか?

2009年にEPA「日越経済連携協定」(ベトナムにとって初めてのEPA)が結ばれたことで、経済面での協力関係が強化されました。ベトナム内では日系企業が増え続けており、数多くの中小企業の進出、トヨタ、ホンダ、三菱などの自動車や、ホンダ、ヤマハによるバイクの現地生産によって関連企業も多く進出しています。さらに、今後はサービス業界の進出も見込まれるという声をアチコチで聞きました。
また、「日本語が好きです。日本の漫画は本当に面白いですね。『ワンピース』「コナン』『ドラえもん』、おもしろいですね。AKBもいいですね」という若者の声も耳にしました。漫画がきっかけで学び始めた学習者が、大学で日本語を専攻し、日系企業に就職していくというケースも増えていると言えます。

JFで「まるごとクラス」を担当する方からは、以下のようなお話が聞かれました。

目的はいろいろですね。留学を念頭においている人、日本の会社で働きたい人、日系企業に勤務していて日本語のブラッシュアップを図りたい人、

清河ビジネスでの講演・ワークショップ後の記念撮影

清河ビジネスでの講演・ワークショップ後の記念撮影

漫画文化が好きだからという人、そして、純粋に日本語が好きだからという人もいます。

日本における技能実習制度の見直しによる実習生の増加も、日本学習者が増えている要因になっています。ハノイでは、技能実習生の教育を担当する「日本語教育職業訓練センター」も訪問し、日本語教育カリキュラム、送り出し状況などについて伺いました。

■ベトナムにおける日本語教育の新たな動き

ベトナムでは、学会を新たに作ることはとても難しいと言われています。そんな状況下、ベトナムの先生方が日本語教育国際研究大会(ICJLE)に何度か参加し、いろいろな国の学会の様子を知ることで、「自分達の国でも、何としてでも作りたい」という強い思いを抱き始めました。そして、ついに2016年11月にベトナム言語学会傘下の学会として「ベトナム日本語・日本語教育学会」が認可されたのです。昨年9月30日には、ハノイで設立発表式典が開かれ、大きな話題になりました。

先生方から伺った話によると、ベトナムの大学では、2015年~2016年にアチコチの大学で学部長が定年を迎え、世代交代の時期となりました。今は、40代の若い先生方が「ベトナムの日本語教育をもっと良いものにしよう!」と、さらに燃えていらっしゃるそうです。

また、日系企業の増加にともない、ビジネス日本語への関心も高まっています。その表れの1つとして、2017年にハノイ貿易大学にて国際シンポジウム「ビ

国際交流基金を訪問して

国際交流基金を訪問して

ジネス日本語教育及びグローバル人材育成」が開催されました。

現地の先生方も日本語教師会を作り、お互いに研鑽し合っていると伺いました。ハノイの先生方に伺ったお話をご紹介したいと思います。

「ハノイ日本語教師会」は、国際交流基金をお借りして2か月に1回(奇数月の第1土曜日)例会を開催しています。教師会という名がついていますが、最近は、いろいろな形で日本語に関わる方が参加されています(設立は2007年)。

また、2016年には「ハノイ日本語教育研究会」がスタートしました。こちらは日本語教育に特化した形で研究会を月1回(毎月第2日曜日)開催しています。主に名古屋大学日本法教育研究センター、タンロン大学の先生方が中心となって開催しています。最近、ベトナム人教師の方も増えてきており、これからの展開が期待されています。

■ベトナムにおける日本語教育の課題

国内の日本語学習者数や日本留学者数が伸び続けるベトナムですが、課題も見えてきました。

1) 教師不足
日本でも同じことが言われ続けていますが、教師不足は深刻です。ベトナムでは特に中級を教える先生方が足りないため、それに応えるべくJFでは、初級に加え、中級関連の研修も始める予定です。また、ベトナムにおいて教師は尊敬される存在なのですが、給与面などからせっかく日本語教育を専攻しても、教師にはならずに企業に就職してしまうケースも多いというお話を伺いました。日本でも同様の課題がありますが、日本

大学の先生方と国際交流基金専門家とで小学校の教科書づくり

大学の先生方と国際交流基金専門家とで小学校の教科書づくり

語教育の魅力の発信、待遇改善など、課題解決に向けて取り組むことが大切だと改めて思いました。

2) 教育法の課題
「学習者中心、Can-do-statement」といった新しい日本語教育の動きがなかなか浸透しないという課題があります。これは、JF作成『まるごと』使用の研修会が増えたり、『できる日本語』等の新しい考え方で作られた教材が普及したりすることによって、少しずつ解消していくと思われます。実際に、若い世代の先生方を中心に、「知識注入型」の教え方から、学習者主体の教育法への関心が高まっているようです。

3) 教科書不足
ハノイ国家大学の先生5人とJF専門家と一緒に「国定 小学校教科書」3年生用、4年生用が作られましたが、今も他レベルの日本語教科書の作成・改訂が計画されているそうです。ベトナムでは教育関係の出版物を出すのが難しく、まだまだ数が少ないのが現状です。さらに、日本で出版された教科書を購入するには、一般の平均月収が3万円程度、大卒の初任給で4万円程度といった状況では、1冊の教科書がとても高価なものになってしまいます。ベトナム版が出ることで、今起こっている「さまざまな問題」も解決できるのではないでしょうか。

4) 送り出し機関の情報不足
いわゆるエージェントが増えていますが、きちんとした日本語学校の情報を与えることなく、学生を送り出していることから問題も発生しています。例えば、IMG_6585

日本に行った後、「今通っている日本語学校には日本留学試験対策クラスがない。学校に、参考書等も一冊もなく、指導もしてもらえない。どうしたらいいのか」といった相談がJASSOに寄せられるそうです(※JASSOベトナム事務所は、2017年3月に開設)。ベトナムのエージェントの在り方も課題ですが、日本語学校側も正確で詳しい情報を、積極的に発信していくことが求められます。

◆    ◇    ◆

短いベトナム滞在でしたが、講演会、ワークショップ、授業見学後の先生方との懇親会では、現地の先生方の生の声を聴くことができました。さらには、JF、JASSO、そして技能実習生送り出しセンターでの懇談会を通して、最新のベトナム日本語教育事情を知ることができました。技能実習生に関しては、さまざまな送り出し機関があり、その実態も多様であることが分かりました。また、日本の制度改革によって、現地にいろいろ新たな課題が出ていることも、日本ではあまり知られていない点が気になりました(日本語学校希望者が、技能実習生に切り替えるケースの増加、来日時期の延期など)。日本・日本人への親しみの深さ、日本語への関心の高さ、そして、ベトナム人の勤勉さと温かさを大切にして、これから日本語教育における日越関係が、さらに進化・深化することを願っています。

昨年開設したJASSOベトナム事務所を訪問

昨年開設したJASSOベトナム事務所を訪問

技能実習生のための「日本語教育職業訓練センター」を訪問

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