今日(11月16日)、二アールさんをお連れして沼津まで出かけました。それは、沼津にある県立高校で英語教師をしていらっしゃる大胡田裕さんにお会いするためでした。大胡田さんにお会いすることになったのは、「あるひと言」がきっかけでした。いくつもの「計画された偶然性」を強く感じた沼津行きでした。
■全盲の二アールさん、「日本で英語教師として暮らしたい」と再来日
カナダ出身の二アールさんは、2013年9月に京都外国語大学の留学生として来日、1年間日本で過ごしました。帰国しカナダの大学を卒業したのち、ワーキングホリデービザを取得して、2017年2月に再度来日しました。その時のことは、こちらの記事をご覧ください。
「大好きな日本で働きたい!~視覚障害を持つ二アールさん、ワーホリで再来日~」
http://www.acras.jp/?p=6536(2017.3.1)
再来日した二アールさんは、1年間のワーホリビザが終わるまでに何とか常勤の仕事を見つけて、ずっと日本にいたい
と願っています。少しずつプライベートやグループレッスンも増えてきていますが、常勤講師の職を見つけることができなければ、ワーキングホリデービザが2月には終わり、帰国することになってしまいます。そのため、何とかチャンスを……と私なりに動いているのですが、なかなか難しいのが現状です。
そんな折、10月1日に全盲の大学教授モハメド・アブディンさんにお会いしたことが一つの大きな転機となりました。それはアブディンさんにお会いして直接アドバイスをいただいたり、刺激を受けたことに留まりません。なんと「アブディンさんの講演」での新たな出会いが、次の出会い、さらに次の出会いを呼び、点が線に、線が面へとつながっていきました。
■アブディンさんとの出会いが、二アールさんの力に!
「二アールさんがアブディンさんと出会ったら、きっと大きな刺激を受けるだろう。いろんな情報も伝えてもらえるのでは……」と、10月1日に大阪で行われたモハメド・アブディンさんの講演会に二アールさんを誘いました。全く目が見えないアブディンさんの講演は、タイトルは「見えないからこそ見えてきた日本語のおもしろさ」でした。スーダンから来日して19年になる彼は、今、大学で国際政治を教えています。
10月1日に大阪でアブディンさんの基調講演を聞き、OPI(Oral Proficiency Interview)を聞いた二アールさんは、「アブディンさんの話を聞いて、いろいろな可能性があることがわかりました。私ももっとチャレンジしていきたいと思います」と、気持ちを語ってくれました。1998年に社会福祉法人国際視覚者援護協会(IAVI)の奨学金を受け、盲学校で鍼灸を学び資格を取ったのち、さらに勉学に励み、2014年には東京外国語大学大学院で博士号を取得したアブディンさんの「やればできる!」精神は、しっかり二アールさんの心の中に根を生やしたようです。
そして、1か月後にはロールモデルとして目指していきたいアブディンさんと会うことができ、さらに輪が広がっていきました。日本語点字をしていないという二アールさんに、「えっ、じゃあ、冬休みに教えてあげようか。やったほうがいいよ」というアブディンさんに、「二アールさんのこと、よろしくお願いします」と私がひと言添えると、こんな言葉が戻ってきました。
よろしくなんて、そんな……。私たちはもう友達
ですよ。当たり前じゃないですか。
点字はやっておいたほうがいいですからね。二アールさん、ブラインド・サッカーも始めたらいいですよ。
■同じマンションに視覚障害を持つ英語教師が居住するという偶然
さて、二アールさんとの「沼津行き」の話に移りますが、この企画がまたまた偶然の話なのです。実は、2018年11
月に日本語教育学会の秋季大会があり、その1日目に行う一般公開プログラムの担当となった私は、いろいろな人に沼津・静岡情報をもらっていました。ある日、沼津で日本語教育に携わる高澤さんがアクラスを訪問してくださいました。私は、大阪でお会いしたばかりのアブディンさんのことを、本棚にあった『わが盲想』をお見せしながら、熱く語り始めました。すると……。
先生、私の住んでいるマンションに、二人の全盲の兄弟が住んでいらしたんですよ。
今は、お兄さんは東京、お母さんは亡くなったので、お父さんと弟さんが住んで
います。お兄さんは弁護士になられ、弟さんは沼津の県立高校で英語の先生を
しています。
なんというご縁! 私が一番欲しいと思っているのは「英語の先生方とのご縁」でした。それが二アールさんと同じ
全盲の青年であると聞いて、私は明日にでも会いに飛んで行きたい思いに駆られました。高澤さんから連絡を取っていただいたところ、「私も是非お会いしたい」という大胡田裕さんからの返事がありました。しかも、まだお会いする前なのに、12月末にある「全国視覚障害教師の会」の大会参加のお誘いがあったのです。
アクラスでのちょっとしたひと言がなければ、沼津でのこんな出会いは生まれませんでした。必死に取り組みたいことは、できるだけ他者と対話を重ね、自分で行動して、また対話をするという地道な努力が「計画された偶然性」を引き寄せるのだということを、改めて実感できた「沼津行き」でした。
■沼津に住む「先輩英語教師」との出会いで膨らむ夢
大胡田裕さんは、『全盲の僕が弁護士になった理由』を書かれた大胡田誠さんの弟さんであり、11歳のとき全く目が
見えない状態になりましたが、英語教師になるという夢を叶えるために、大学院に進み、学生時代にはイギリス留学もしたチャレンジ精神旺盛な青年です。
沼津城北高校に着くと、まずは校長先生が温かく迎えてくださいました。しばらくすると、大胡田さんが入って来られ、「いやあ、お会いできて嬉しいです。カナダにとても関心があるんですよ」と、明るく元気いっぱいの声で二アールさんに話しかけられ、フレンドリーな雰囲気に包まれました。少しお話をした後は、1時間の英語授業の見学タイムです。
その後は、ランチを挟んで「二アールさんの仕事探し」について相談に乗ってくださいました。「英語教師として、日本人にとってもっと楽しく、効果的に学べる方法を考え出したい。だから、どうしても英語教師の仕事をしたいんです」という二アールさんに、先輩英語教師である大胡田さんは、親身になってアドバイスをしたり、アチコチ電話をかけたり……。「あ、あの人に聞いてみよう!」「そうだ、こんな集まりがある!」と、弾むような調子で、次々にアイディアが出てくる大胡田さんでした。
二アールさんは、小さい時には少し点字をしていましたが、パソコンを手に入れてからというもの読み上げソフトを
活用し、点字からは遠ざかっていました。そのため、日本語点字はしたことがありません。それについても、今後資格試験を受けるためには、点字学習がいかに大切であるかを知ることができ、また一つ目標ができた二アールさんです。それと同時に、日本語能力試験や留学試験におけるより広い対応が求められることが改めて分かりました。やっぱり、体験しなければ、実情はなかなか把握できないものだと、改めて痛感しました。
■大胡田さんのネットワークにつながる幸せ
次々に有益な情報を頂きましたが、その中で12月末にある「全国視覚障害教師の会」のイベント情報は、二アールさんにとって人の輪が大きく広がる貴重なものでした。
12月26日~27日に、東京で、小学校~大学で働いている視覚障害を持つ先生方が集まる研修会であり、海外からも世界盲人連合関係者や障害者雇用の専門家も参加して、さまざまな課題について語り合う2日間となります。さてさて、どんな新たな出会いが二アールさんを待っているのか、楽しみです。
ギターが趣味の大胡田さんとフルートを吹く二アールさん、きっといつか二人で一緒に何かを始めるのでは……と、今から期待に夢が膨らみます。帰り際には、11月21日(火)に、お兄さまの誠さんご夫婦(奥様は全盲の音楽家です)主催のコンサートのお誘いがありました。さらには、『決断~全盲のふたりが、家族をつくるとき~』という大胡田誠ご夫妻の近刊のご紹介もありました。情報の輪、人の輪はどこまでも続いていきます。
「全盲の夫婦が愛の歌コンサート!」
https://yomidr.yomiuri.co.jp/zenmou-concert201711/
■理解すること、共感すること、そしてともに歩むこと
二アールさんと出会ったのが今年3月、それからまだ半年余りしか日々が過ぎていませんが、私にとっては学びの多
い、濃厚な時間でした。目が不自由であることはどういうことなのか、私たちは何をしてあげるではなく、共に社会を作る仲間として何をすべきなのかを考えることの大切さを知りました。上述した北川さんは、ある時こんなことを語ってくれました。
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「誤解を恐れずに言うと、以前は、目が見えない人というのは、
『できないこと』が、練習次第で『できる』ようになることなら、
最後に、大胡田裕さんが『CWAJ/VVI Newsletter 2014年秋号』に書かれたエッセイ「海
の向こうの仲間たちとの出会い~日韓親善交流大会に参加して~」を一部ご紹介したい
と思います。
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http://www.cwaj.org/aspnet_client/Education/Images/VVI/vvi_NL/2014VVIFallNL-J.pdf
国は違いますが同じ障害を持ち、同じ仕事をしている仲間です。初めて会ったばかりなのに、あたかもずっと前から
知っている友人と話しているような、とても深い共感を覚えました。
彼女も全盲で、知的障害を持つ生徒たちに音楽を教えています。初めはほぼ英語のみで話していましたが、最近では日本語や韓国語での会話も増えてきました。私たちはそのような言葉を、Japanese,English,Koreanを合わせてJapengrianと呼んでいます。
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皆さん、これからもっもっと地域を越え、国を越え、多様な方々と触れ合っていきませ
んか。それが、多様な見方ができる力を養うことにつながり、「誰にとっても住みやす
い社会づくり」につながるのではないでしょうか。