「教師にとって大切なこと」について考えてみませんか ~元体育教師Aさんの語りから学ぶ~

3年前まで体育教師だったAさんは、今年7月に日本語教師養成講座を修了し、これから日本語教師として新たな一歩を踏み出そうとしています。私は、これまでAさんの授業中の発言、4つのレポートに接し、「ここには、日本語教師が学ぶべきたくさんの宝ものが詰まっている」と思いました。そこで、修了式の後、ZOOMでさらに対話を重ね、発信しようと考えました。

 

 

■教師の声かけで、「スポーツ好き児童」に変身~  ≪「きらい」=「できない」≫ではない!~

 

Aさんは、学年全体で一番体が小さく、何をやっても体の大きな同級生にはかないませんでした。鬼ごっこではすぐに捕まり、ドッチボールではすぐに当たってしまうAさんは、スポーツが好きではありませんでした。今考えると、スポーツそのものはそれほど嫌いではなかったけれど、ある意味「負けなくない!」という負けず嫌いの性格から来るものだったのかもしれません。

 

それを見事に見抜いたのが4年生の担任教師でした。3年生から継続しての担任教師で、Aさんの姿をしっかり見ていてくれました。そして、ある日、Aさんにこんなことを伝えました。

 

A君、4年生以上でやる学内体操大会に代表で出てみないか。みんなで一緒に放課後練習しよう。君ならできる!

 

スポーツは嫌いなAさんは気が進みませんでしたが、「先生が言うんだから、やってみよう」と、毎日、毎日仲間と一緒に、マット、跳び箱、鉄棒の練習を重ねていきました。ちょっとした先生の言葉も、Aさんの力となりました。

 

逆立ちするときね。つま先をくっつけると、きれいになるよ。

 

こうして、先生との対話、本人の必死の練習は、「あ、できる!わあ、面白い!」という気持ちを生み出していったのです。そして、なんと信じられない結果となりました。Aさんが、5年生、6年生を抜いて「優勝」を手にしたのです。担任教師の「声かけ」がなければ、Aさんの「変身」は生まれませんでした。

 

 

■多様なスポーツに取り組むAさん  ~将来の夢は「体育の先生」!~

 

こうして、バレーボール、サッカーなど、小中高ではさまざまなスポーツに取り組んでいきました。そうです!「スポーツが嫌い」だったのではなく、「嫌いだ」と思い込んでいただけなのです。これほどまでにスポーツと関係の深い小中高での生活を送るとは、Aさん自身思ったことがありませんでした。

 

そして、将来は教員免許を取り、中学・高校で「体育教師」として仕事をしたいと考えたAさんは、迷うことなく教育学部に進学しました。大学では、教員になるために身に付ける必要があるさまざまなスポーツをしたかったのです。柔道も、ソフトボールも、いろいろ取り組んだと語ってくれました。免許を取り、学校での仕事が始まることになりましたが、ここで一つ大きな課題がありました。教員試験に受かっても、空きがなければ勤めることはできません。Aさんに与えられたチャンスは「特別支援学校勤務」でした。「体育教師」になりたい一心で教員免許を取ったAさんは、大きなショックを受けました。子どもたちに体育を教えたくて教師の道を選んだのですが、与えられた仕事は「肢体不自由な子どもさん達」の指導だったのです。

 

しかし、先輩教師はこう声を掛けてくれたと言います。

 

3年我慢しろ!この体験はきっと生きてくる。3年経ったら、好きな道に行けばいい。

 

実は、3年経ったAさんは、自らの希望で「2年延長」し、5年間という年月を「肢体不自由な子どもさん達」と過ごすことにしたのです。

 

 

■「できる部分を伸ばすこと」に目を向ける! ~子どもと一緒に工夫、工夫、工夫~

 

「体育教師」をめざしたのに、体が不自由な子どもさんの指導……、Aさんは最初こそ戸惑いましたが、一から特別支援教育を勉強し、子どもさん達に接していきました。

 

実は、子どもを見ていて、「体に不自由なところがあるからこそ<やれる部分>を活かしてやりたい!」という気持ちがどんどん大きくなっていきました。

 

ある時、こんなことがありました。車いすの生徒が「先生、僕も掃除、やりたいんですけど」とAさんに頼んできたのです。それまで、「車いすの生徒は、掃除はできないから免除」と思い込んでいた自分を大いに反省し、方法を考え始めました。

 

そうだ! 車いすにほうきをしばり付けてみよう。

 

考えてみたら、これまでも子ども達がチャレンジする姿をいろいろ見てきました。

 

*  手が使えない子どもが、指1本でタイプライターを使って字を書く。

*  腕が動かない子が、足に棒をしばってタイプを打つ。

*  口に棒をくわえて、字を書く。

 

しかし、「口に棒をくわえる」というやり方だと、よだれが垂れてしまいます。そこで、次なる工夫は、棒に布をぐるぐる巻きにして、布に唾を吸い取ってもらうという方法を思いつきました。こうした工夫は、Aさんの教師生活にも、大きな影響を与えました。

 

 

■念願の「体育教師」としてのスタート! ~「運動嫌いな子たち」には、それぞれの理由がある~

 

教員資格を得てから5年経って、やっと念願の「体育教師」の道に進むことができました。ここでAさんが思ったことは、「運動嫌いな子たち」に一人ひとり向き合っていくことでした。Aさんは「運動が出来ない」からではなく、「負けることがきらい」だから、運動が好きになれなかったのです。それと同様に、子どもたちの「嫌い」には、それぞれ個性があり、異なる理由が存在するのです。それに真剣に向き合おうと、Aさんは考えたのです。

 

一つ「跳び箱嫌いのB君」の例を挙げてみましょう。彼は、どうしても跳び箱を前に飛ぼうとしませんでした。原因を探っていくと、「跳び箱は、とにかく怖い」という感情でした。

 

じゃあ、どうしてあげたらいいのだろうか。「補助して練習」という方法があるが、ただ手をついて飛ぶ「跳び箱」では、補助のしようがない。

 

そこで、Aさんは、とにかく「やれるよ、やれるよ!」と、B君の気持ちに訴えかけると同時に、跳び箱のところに、一番厚い(30㎝くらいあったでしょうか)セイフティーマットを敷いたのです。B君に言葉面で励ますとともに、安心感を与えていきました。そして、B君に「助走だけはしっかりやれよ。あとは、大丈夫!」と声をかけ、生まれて初めての「跳び箱」に挑戦させたのです。

 

跳び箱に手をついたB君を、Aさんは手をつかってセイフティーマットに放り投げました。そうです!B君は生まれて初めて「跳び箱の向こうの世界に到着する」という経験をしたのです。「怖さ」が取れたB君は、そこからどんどん成長していきました。

 

 

♪   ♪   ♪

 

 

Aさんからは、たくさんのエピソード、思いを伺うことができ、考えさせられることの多いインタビューとなりました。最後に、Aさんの許可を得て、「学習者理解」という項目に関して、レポートのごく一部を引用させていただきます(講座「教師の成長と学びの共同体」)。

 

私は中学校を中心に、小学校・特別支援学校(肢体不自由)を含め、合計40年ほど教師を務めてきました。一番長かった中学校では、保健体育の教師として、運動することや健康について学習することを通して、生徒の成長を支援してきました。特に運動する授業では、常に生徒はひとりひとり皆違うということを念頭において授業を行っていました。

どの種目も超一流で常にトップクラスの結果を出す生徒がいる一方で、何をやっても全くできず、いつも悲壮感漂う表情をしている生徒もいます。走るのはやたらと速いのに球技はいくら練習してもうまくならない生徒もいます。球技は得意でも器械運動は苦手という生徒もいます。まさにひとりひとり皆違うのです。ひとりひとりの違いをしっかり把握することが大切で、それはまさに「生徒理解」ということです。

 

もう少しAさんが記してくれたキーセンテンスを記しておきたいと思います。

 

・一人ひとり、皆違う。一人ひとりを大切にする。

・出来ないことに目を向けるのではなく、出来ることで可能性を伸ばしていく。

・子どもとの信頼関係が築けなければ、学習したことは、子どもたちの中に入っていかない。

 

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教師は、ともすると「教師は教える人、学習者は教えてもらう人」といった姿勢になりがちですが、「学習者とともに学ぶ」という考えを持ち、常に、自分自身の実践を振り返ることが大切です。これからも「学び続ける教師」をめざしていきたいものです。

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